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三本勝負

SNSでの足跡28000hitのキリリクです。



後宮の庭にある四阿で、夕鈴は卓に両手を重ね、その上に頭を乗せて肩で息をしていた。
先程まで黎翔に愛の言葉を囁かれ、顔を赤く染め四阿まで走って逃げて来た夕鈴は、乱れた息を整えながら考えていた。
――何で、陛下の言葉に翻弄されちゃうのかしら…
ふーっと一つ大きく息を吐くと、夕鈴は回廊へぼんやりと視線を向けた。
遠くに黎翔と李順が並んで歩いているのに気付いた夕鈴は、ふとある事を思い付いた。
――他の人から陛下みたいな言葉を言ってもらえば、少しは免疫が付くかしら?
周りで言ってくれそうな人、と考えた夕鈴は遠ざかって行く李順の後ろ姿をじっと見つめた。

「で、何でそれが私なんですか?」
「だって他の方には頼めないじゃないですか!!お妃演技の向上のためなんて言えませんっ」
李順は眼鏡を指で押し上げると、嫌そうに溜息を吐いた。
「――仕方ありませんね。それで、具体的にはどんな事を陛下から言われるのですか?私にはあんな歯の浮くような台詞を考えるのは無理ですよ」
夕鈴は手にしていた、畳んだ紙を李順に差し出した。
「一応、参考にと思って昨日言われた事を書いてきました」
紙を受け取り開いて目を通した李順は、眉間にシワを寄せた。
「――陛下は毎日こんな台詞を?」
「は、はい」
先ほどよりも深く長い溜息を吐いた李順は、顔を上げると夕鈴に向かって言った。
「では、始めましょうか――夕鈴殿、貴女の花の様な笑顔に、私はいつも癒されています」
「は、はぁ…」
李順は手にした紙にちらりと目線を落とし続ける。
「貴女の笑顔を守るためなら、私は喜んで盾となりましょう」
夕鈴は呆然とした顔で李順を見上げ、首を傾げた。
「――やっぱり、違いますね」
苦笑する夕鈴に、李順は苦々しい顔で答える。
「当たり前でしょう。私は陛下ではありませんからね」
「そう、ですよね…」
全然ドキドキしなかったし、と夕鈴は口元を袖で隠しながら、どこが違うのだろうかと考えた。
「では私は政務室へ戻ります。夕鈴殿も後宮へお戻り下さい」
眼鏡を光らせた李順の物言いに、夕鈴は背筋を伸ばし、はいっと返事した。

自室へ戻り侍女達を下がらせた夕鈴は、お茶を淹れると一口飲み、ホッと一息ついた。
「おっ妃ちゃ~ん、面白い事してたねぇ」
すぐそばの窓に、逆さにぶらさがった浩大が現れ、夕鈴は上げそうになった悲鳴を飲み込んだ。
「――っ!!こ、浩大びっくりさせないで!!」
「お妃ちゃん、へーかの側近と浮気?」
にやにや笑いながら問い掛ける浩大に夕鈴は、分かっててからかってるわねと眉根を寄せて睨み付けた。
「面白そうだからさー、オレにもやらせてよ」
「は?」
「あーんなタラシな台詞、一回言ってみたかったんだよねー」
するりと部屋の中に降り立った浩大は、卓上に置かれた紙を手にした。
書いてある文にざっと目を通した浩大は、ぷぷっと笑うと夕鈴に向き直った。
「お妃ちゃん、オレに会えない時間に少しでもオレの事を考えてくれた?」
「――はぁ?」
「オレの頭の中は、お妃ちゃんの事でいっぱ…」
ぷーっと吹き出した浩大に、夕鈴は
「ちょっと!!やるなら真剣にやってよ!!」
と語気を強めた。
「ゴメンやっぱ無理だわ」
笑いを堪えつつ言った浩大は、ふと顔を上げると
「本人と練習するのが一番じゃね?」
と手をひらひらさせながら窓から出て行った。
「……何なのよ、もう」
「で、何の練習?」
低い静かな声に夕鈴が驚いて振り返ると、部屋の入り口に腕を組んだ黎翔が立っていた。
「――我が妃は夫以外の男と、一体何を練習しているのかな?」
静かに近寄る黎翔の楽しげな口調とは裏腹に、目が笑っていない事に気付いた夕鈴は思わず後ずさった。
「な、何も…」
とん、と背中が壁に当たり逃げ場を無くした夕鈴との距離を、黎翔は一気に縮めるとその髪を一房指に絡め、もう片方の手を夕鈴の顔の横の壁に付いた。
黎翔の腕に囲まれた夕鈴は逃げ出す事も出来ずに、頬を染め黎翔を見上げた。
「な、何で狼なんですか?」
「隣の部屋で侍女達が夕餉の支度をしている。聞こえては不味かろう?それで、先ほどの問いの答えは…?」
黎翔の唇が耳をかすめるほどに近くで囁かれた夕鈴は、自分でも声を落とし小さく答えた。
「お…お妃演技の向上、です」
「…ふぅん?」
黎翔は指に絡めていた夕鈴の髪に口付けてから、ニヤリと笑った。
「ならば私が喜んで協力しよう」
「え?え?だって、その、陛下の演技に翻弄されないようにと思って…」
あわあわと赤い顔で言う夕鈴を見ながら、黎翔は口角を上げ
「演技、ね…」
と呟いた。
「妃が私の言葉に翻弄される事が、そんなに悪い事とは思えぬが。むしろもっと私に溺れて欲しいのだがな」
「お…溺れ…?」
黎翔は指先の髪をさらりと放すと、親指の腹で夕鈴の赤く染まった頬を撫で上げた。
「私以外を見ぬように、私以外の男の事など考えぬように、君を『私』で満たしたいものだ」
かあっと一層赤くなる夕鈴の頬を、黎翔は愛おしげに掌で包んだ。
「こうして私の腕の中に、すっぽりと収まってしまう程の華奢な身体だというのに」
「へ…陛下?」
「――この兎は思わぬ所へ跳んで行くから目が離せない」
困った様に微笑む黎翔の掌が、包んでいた夕鈴の頬から離れ髪を梳くように撫でた。
「でっ、でも陛下は狼ですよね」
真っ直ぐに自分を見つめる夕鈴の力強い瞳に、黎翔は目を瞬かせた。
「狼は鼻が良いですから、兎がどこへ行こうとも、すぐに居場所が分かるのでは?」
「――そう思うか?」
「はい。だから兎は狼から、に…逃げられないんです」
瞳を潤ませ、ふっと視線を逸らした夕鈴の姿に、黎翔は動きを止めた。
「――君には、負ける」
え?と夕鈴が黎翔を見上げようとした時、夕鈴の肩に黎翔がぽすんと額を付けた。
「…陛下?」
「ごめん、今…ちょっと顔見ないで」
頬の熱がひくまで、と黎翔は言葉にはせずに心の中で思った。



※リクエスト内容は
『陛下からのタラシ攻撃に免疫を付けて対処したいと懇願し、李順と浩大にタラシてもらったがどちらもピンとこず、バレて対抗意識を持った陛下に全力でタラされノックアウト寸前の夕鈴がふと漏らした一言がズキュンで無自覚最強夕鈴勝利の3本勝負!』



SNS初出2013年8月23日
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『狼陛下の花嫁』の二次創作小説がメインです。

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