FC2ブログ

北の地で⑤

次の日、李順は少しの手荷物を持ち、住み込みを始める為に離宮を訪れた。
李順に割り振られた部屋は黎翔の隣。
その有り得ない配置に李順は驚いた。
「黎翔様の隣室ですか!?」
案内した女官は、そのように承っております、と静かに告げた。
「――僕が決めた。不満か?」
振り返ると黎翔が李順を見上げて立っていた。
「いいえ、不満など…ただ王子の隣室とは恐れ多い事だと」
礼を執る李順に、黎翔は事も無げに言った。
「部屋が遠いと、面倒だろう?荷物はそれだけか?」
「はい、私物と呼べる物はこれだけです」
訳を話し邸を出ると告げた時、どこか寂しそうな表情を見せた伯父の顔を思い出し、李順は目を伏せた。
「――本当に、良かったのか?」
黎翔の言葉に李順はハッと顔を上げた。
――この方は人の機微に聡い…仕える者が心配されてどうしますか。
「黎翔様、私は自分の意志で貴方にお仕えすると決めたのです」
黎翔は何も言わず、ただじっと李順の瞳を見つめていた。

そして李順はある事に違和感を抱いた。
それは二人で巻物を読んでいる時の事、熱心に読み耽っている黎翔が、何かをぶつぶつと呟いている。
「黎翔様?如何されました?」
「――あぁ、議論していただけだ」
「議論?どなたとですか?」
黎翔は李順の顔を見ると
「『僕』が『私』と」
と言った。言われた李順は訳が分からず、眼鏡を指で押し上げると黎翔に問い掛ける様な眼差しを向けた。
「僕は、理解できない点は私と話し合うんだ――どちらも自分だけど」
「それは…」
「――気味が悪い?」
驚いている李順を見て、黎翔は言葉を続ける。
「後宮の女官達には気味が悪いと言われた」
「あ、いえ…少し驚いただけです」
李順は出来るだけ冷静な声で、微笑みながら言った。
そしてふと疑問に思った事を尋ねた。
「黎翔様の今までの話相手はどんな方でした?」
「――いない。李順が初めて」
「そう、でしたか…」
それでは先程の事は、一人でいる事が多い為に、身に付いたものだろうかと李順は考えた。
「――どの様に議論されるのですか?」
「…例えば、この巻物にある害獣駆除についてなら、『私』は駆除をする班を編成して定期的に見回るべきだと思う。『僕』は害獣について調べ、生態に合った罠を仕掛けるべきだと思う…って議論してた」
李順は黎翔の答えに、知らず息を飲んだ。
黎翔がただ巻物を読み丸暗記している訳ではなく、理解しさらに議論という形を通して発展させている事に李順は驚いた。
その様子を見て、黎翔は言葉を続ける。
「――北の地には王都にはいなかった獣が沢山いるな。知らない種類ばかりだ」
じっと自分の顔を見上げる黎翔に、李順はフッと微笑むと穏やかに言った。
「黎翔様、先程初めて私の名をお呼び下さいましたね」
その言葉に黎翔は虚を突かれた様に目を丸くし、頬を赤らめた。
「そうだったかな」
目線を逸らし落ち着かない様子の黎翔を見て、李順はクスリと笑みを溢す。
今まで名前を呼ぶ相手もいなかったのだろうかと、切ない思いが込み上げるものの、少しずつではあるが自分に様々な表情を見せてくれる様になった黎翔に李順は目を細めた。
「どうぞ名をお呼び下さい。そして、私相手には我が儘を仰っても宜しいのですよ?」
「我が儘?…李順は変わった事を言う」
キョトンとした表情の黎翔の顔は年相応に見えて、李順は一層笑みを深めた。
「お妃様や他の大人の前で『良い子』でいるのは大変素晴らしい事ですが、私といる時にはそんな必要はありません」
「――そういう物なのか?」
「はい、何でも仰って下さい」
黎翔は少し考える様に、握った手を口元に当て俯いた。
そしてゆっくり顔を上げると、小さな声ながらもハッキリした口調で言った。
「この地にいる獣について、教えて欲しい」
「……それが黎翔様の『我が儘』ですか?」
「――やはり駄目か?…面倒か?」
自分を見上げるその幼い顔に心配気な表情が浮かんだのを見て、この方は今まで我が儘も言った事が無いのかと李順は苦笑した。
「勿論宜しいですよ。私が知っている、この地の事を全てお教え致しましょう」
黎翔の表情が明るくなったのを見て、李順は話を始めた。
「獣、と一口に言いましても、この地にいる獣は狼のような強いものから、兎のように弱いものまで、様々な生き物がおります」
目を輝かせ李順の話を聞く黎翔の顔は、今まで見た事も無い程とても嬉しそうなものだった。



SNS初出2013年7月17日
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

*へもへも*

Author:*へもへも*
『狼陛下の花嫁』の二次創作小説がメインです。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
お客様数
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR