三本勝負

SNSでの足跡28000hitのキリリクです。



後宮の庭にある四阿で、夕鈴は卓に両手を重ね、その上に頭を乗せて肩で息をしていた。
先程まで黎翔に愛の言葉を囁かれ、顔を赤く染め四阿まで走って逃げて来た夕鈴は、乱れた息を整えながら考えていた。
――何で、陛下の言葉に翻弄されちゃうのかしら…
ふーっと一つ大きく息を吐くと、夕鈴は回廊へぼんやりと視線を向けた。
遠くに黎翔と李順が並んで歩いているのに気付いた夕鈴は、ふとある事を思い付いた。
――他の人から陛下みたいな言葉を言ってもらえば、少しは免疫が付くかしら?
周りで言ってくれそうな人、と考えた夕鈴は遠ざかって行く李順の後ろ姿をじっと見つめた。

「で、何でそれが私なんですか?」
「だって他の方には頼めないじゃないですか!!お妃演技の向上のためなんて言えませんっ」
李順は眼鏡を指で押し上げると、嫌そうに溜息を吐いた。
「――仕方ありませんね。それで、具体的にはどんな事を陛下から言われるのですか?私にはあんな歯の浮くような台詞を考えるのは無理ですよ」
夕鈴は手にしていた、畳んだ紙を李順に差し出した。
「一応、参考にと思って昨日言われた事を書いてきました」
紙を受け取り開いて目を通した李順は、眉間にシワを寄せた。
「――陛下は毎日こんな台詞を?」
「は、はい」
先ほどよりも深く長い溜息を吐いた李順は、顔を上げると夕鈴に向かって言った。
「では、始めましょうか――夕鈴殿、貴女の花の様な笑顔に、私はいつも癒されています」
「は、はぁ…」
李順は手にした紙にちらりと目線を落とし続ける。
「貴女の笑顔を守るためなら、私は喜んで盾となりましょう」
夕鈴は呆然とした顔で李順を見上げ、首を傾げた。
「――やっぱり、違いますね」
苦笑する夕鈴に、李順は苦々しい顔で答える。
「当たり前でしょう。私は陛下ではありませんからね」
「そう、ですよね…」
全然ドキドキしなかったし、と夕鈴は口元を袖で隠しながら、どこが違うのだろうかと考えた。
「では私は政務室へ戻ります。夕鈴殿も後宮へお戻り下さい」
眼鏡を光らせた李順の物言いに、夕鈴は背筋を伸ばし、はいっと返事した。

自室へ戻り侍女達を下がらせた夕鈴は、お茶を淹れると一口飲み、ホッと一息ついた。
「おっ妃ちゃ~ん、面白い事してたねぇ」
すぐそばの窓に、逆さにぶらさがった浩大が現れ、夕鈴は上げそうになった悲鳴を飲み込んだ。
「――っ!!こ、浩大びっくりさせないで!!」
「お妃ちゃん、へーかの側近と浮気?」
にやにや笑いながら問い掛ける浩大に夕鈴は、分かっててからかってるわねと眉根を寄せて睨み付けた。
「面白そうだからさー、オレにもやらせてよ」
「は?」
「あーんなタラシな台詞、一回言ってみたかったんだよねー」
するりと部屋の中に降り立った浩大は、卓上に置かれた紙を手にした。
書いてある文にざっと目を通した浩大は、ぷぷっと笑うと夕鈴に向き直った。
「お妃ちゃん、オレに会えない時間に少しでもオレの事を考えてくれた?」
「――はぁ?」
「オレの頭の中は、お妃ちゃんの事でいっぱ…」
ぷーっと吹き出した浩大に、夕鈴は
「ちょっと!!やるなら真剣にやってよ!!」
と語気を強めた。
「ゴメンやっぱ無理だわ」
笑いを堪えつつ言った浩大は、ふと顔を上げると
「本人と練習するのが一番じゃね?」
と手をひらひらさせながら窓から出て行った。
「……何なのよ、もう」
「で、何の練習?」
低い静かな声に夕鈴が驚いて振り返ると、部屋の入り口に腕を組んだ黎翔が立っていた。
「――我が妃は夫以外の男と、一体何を練習しているのかな?」
静かに近寄る黎翔の楽しげな口調とは裏腹に、目が笑っていない事に気付いた夕鈴は思わず後ずさった。
「な、何も…」
とん、と背中が壁に当たり逃げ場を無くした夕鈴との距離を、黎翔は一気に縮めるとその髪を一房指に絡め、もう片方の手を夕鈴の顔の横の壁に付いた。
黎翔の腕に囲まれた夕鈴は逃げ出す事も出来ずに、頬を染め黎翔を見上げた。
「な、何で狼なんですか?」
「隣の部屋で侍女達が夕餉の支度をしている。聞こえては不味かろう?それで、先ほどの問いの答えは…?」
黎翔の唇が耳をかすめるほどに近くで囁かれた夕鈴は、自分でも声を落とし小さく答えた。
「お…お妃演技の向上、です」
「…ふぅん?」
黎翔は指に絡めていた夕鈴の髪に口付けてから、ニヤリと笑った。
「ならば私が喜んで協力しよう」
「え?え?だって、その、陛下の演技に翻弄されないようにと思って…」
あわあわと赤い顔で言う夕鈴を見ながら、黎翔は口角を上げ
「演技、ね…」
と呟いた。
「妃が私の言葉に翻弄される事が、そんなに悪い事とは思えぬが。むしろもっと私に溺れて欲しいのだがな」
「お…溺れ…?」
黎翔は指先の髪をさらりと放すと、親指の腹で夕鈴の赤く染まった頬を撫で上げた。
「私以外を見ぬように、私以外の男の事など考えぬように、君を『私』で満たしたいものだ」
かあっと一層赤くなる夕鈴の頬を、黎翔は愛おしげに掌で包んだ。
「こうして私の腕の中に、すっぽりと収まってしまう程の華奢な身体だというのに」
「へ…陛下?」
「――この兎は思わぬ所へ跳んで行くから目が離せない」
困った様に微笑む黎翔の掌が、包んでいた夕鈴の頬から離れ髪を梳くように撫でた。
「でっ、でも陛下は狼ですよね」
真っ直ぐに自分を見つめる夕鈴の力強い瞳に、黎翔は目を瞬かせた。
「狼は鼻が良いですから、兎がどこへ行こうとも、すぐに居場所が分かるのでは?」
「――そう思うか?」
「はい。だから兎は狼から、に…逃げられないんです」
瞳を潤ませ、ふっと視線を逸らした夕鈴の姿に、黎翔は動きを止めた。
「――君には、負ける」
え?と夕鈴が黎翔を見上げようとした時、夕鈴の肩に黎翔がぽすんと額を付けた。
「…陛下?」
「ごめん、今…ちょっと顔見ないで」
頬の熱がひくまで、と黎翔は言葉にはせずに心の中で思った。



※リクエスト内容は
『陛下からのタラシ攻撃に免疫を付けて対処したいと懇願し、李順と浩大にタラシてもらったがどちらもピンとこず、バレて対抗意識を持った陛下に全力でタラされノックアウト寸前の夕鈴がふと漏らした一言がズキュンで無自覚最強夕鈴勝利の3本勝負!』



SNS初出2013年8月23日
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ハニーの日

8月21日は【ハニーの日】だそうで、SNSでは甘いお話が次々UPされておりました。
波に乗ろうとしたのですが、UP出来たのが22日の00:19という何とも半端な結果になりました(^_^;)



「我が妃は夫を放って、何に夢中になっているのかな?」
ふわりと後ろから抱きつかれ、驚いた夕鈴は座っていた椅子から落ちそうになった。
だが体に回された黎翔の力強い腕が、しっかりと夕鈴を支える。
「へっ陛下!?お出迎えもせずに申し訳ありません!!」
「いや、良い――それは蜂蜜か?」
卓の上には小さな器が置かれ、上から覗くと琥珀色の液体が見えた。
何故こんな所に?という黎翔の疑問を感じ取ったのか、夕鈴はわたわたと説明を始めた。
「あ、あのですね、陛下に召し上がって頂こうと思って、厨房にお菓子を作りに行ったんです」
真っ赤な顔で自分を振り返りながら話す夕鈴の、その様子が可愛らしいと黎翔は夕鈴を閉じ込めている腕に軽く力を込めた。
「それで甘味を付けるために蜂蜜を出したら、下の方に結晶が出来ていて」
「――持って来たの?」
いつの間に人払いをしたのか、辺りに侍女達の気配は無く黎翔の口調も小犬のそれになっていた。
「ちょっと、綺麗だなぁと思いまして…陛下にお見せしようかと」
はにかんだ笑みを見せながら言う夕鈴の言葉に、黎翔は一瞬目を見開き
「僕に見せたかったの?」
と尋ねた。
「はい、雪の結晶の様だと思いませんか?」
夕鈴は目の前の器を両手で持ち上げると、黎翔からよく見えるように少し傾けた。
「――あぁ、確かに雪のようだな」
「融けない雪、ですね」
にこっと笑う夕鈴の耳元で、黎翔が静かな声で囁いた。
「――零れるよ?」
「…え?」
黎翔と顔を合わせるために後ろを振り返っていた夕鈴は、指先にトロリとした感触を受けて慌てて手元を見た。
少し傾けていた器から、夕鈴の指先を伝って流れる一筋の蜂蜜。
黎翔はその夕鈴の手首を掴むと、迷わず口を寄せ蜂蜜をペロリと舐め取った。
「っ!!へ、陛下!?」
「ん?あぁゴメン。蜂蜜は拭いてもベタつくからね」
黎翔が言っている事は正しいとは思うものの、夕鈴は自分の心臓が音を立てて速く打ち始めたのを感じ、慌てて目線を逸らした。
黎翔に掴まれていない方の手で器を卓上に戻し、ホッとした夕鈴は目線を落としたままで黎翔に尋ねる。
「あ、あの陛下?手を放して下さいませんか?」
「まだ、だめ」
指先を黎翔の舌が這う感覚に、夕鈴は頭が沸騰しそうだと涙目で黎翔を睨んだ。
そんな夕鈴の表情に、黎翔はクスリと笑みをこぼすと夕鈴の手を放し、そのまま器へと手を伸ばした。
何をするのだろうかと夕鈴が見ていると
「夕鈴は結晶を食べた事はある?」
と黎翔が尋ねながら器に指を入れ、結晶の一部をつまみ上げた。
「え?な、ないです」
そう答える夕鈴の口元に、黎翔は結晶を差し出した。
「食感が楽しいよ――口を開けて?」
おずおずと夕鈴が少しだけ口を開くと、黎翔は指でつまんでいた結晶を夕鈴の舌の上に乗せた。
そして夕鈴の目の前で、蜂蜜に濡れた指先を口に含む。
「~~~~~っ!!」
耳まで赤く染めた夕鈴に、黎翔は穏やかな声で尋ねる。
「――美味しい?」
正直、味なんて分からないと思いつつも舌の上でシャラシャラと崩れる結晶に、夕鈴は驚きの声を上げた。
「うわぁ、不思議な食感ですねっ」
にこにこと微笑む夕鈴に、黎翔は
「もっと食べさせてあげようか?」
と尋ねたが、途端にボフンと赤面した夕鈴から強い口調で
「じっ自分で食べますからっ!!」
と断られ、その体に回していた手を振り解かれ苦笑した。

国王と妃の、蜂蜜のような甘いひとときのささやかな出来事。



SNS初出2013年8月22日

続・執事とお嬢様

リクエスト第二弾、五作目です。



※現代版・黎翔さんが執事です。



リビングのソファーに座り、ミルクティーを飲んでいた夕鈴のもとに黎翔が手紙を運んで来た。
「お嬢様、婚約者の方からお手紙が届いております」
「…え?珍しいわね」
今まで一度も寄越す事の無かった婚約者からの突然の手紙に、夕鈴は軽く眉根を寄せた。
黎翔の持つトレイに乗せられた手紙とペーパーナイフを受け取った夕鈴は、神妙な顔付きで開封し手紙を取り出した。
手紙を読みながら一層難しい表情になった夕鈴に、黎翔が穏やかに問い掛けた。
「――お嬢様、如何なさいました?」
「会いたいって…今まで連絡もせずに申し訳なかったって…」
夕鈴は手紙をテーブルに置くと、考え込むようにミルクティーを一口飲んだ。
「会われるのですか?」
薄く笑みながら問う黎翔を夕鈴は見上げ、首を傾げた。
「この筆跡、黎翔のでしょ?何を企んでいるの?」
黎翔は一瞬目を見開き、そしてまた穏やかな笑みを浮かべた。
「企むなんてとんでもありません――私が、お嬢様の婚約者なのですよ」
「――え?」
怪訝そうな視線を向ける夕鈴の手をとった黎翔は、その指先に口付けを落とした。
「長い間、お待たせいたしました」
「――黎翔が、婚約者…?」
目を丸くした夕鈴に、黎翔はそれまでとは違う妖艶な笑みを向けた。
「お嬢様、いえ、夕鈴の我が儘に付き合えるのは私ぐらいなものでしょう?」
「黎…翔?」
夕鈴は、まるで今まで黎翔に対して抱いていた淡い気持ちが溢れ出すかのように、その瞳から涙をこぼした。
黎翔は夕鈴の頬を伝う涙を、そっと指でぬぐい瞳を覗き込む。
「――この涙は、嬉し涙でしょうか?」
そのまま指で頬をなぞった黎翔は、夕鈴の顎に指をかけ自分へと向かせる。
「れ…」
「――目を閉じて下さい…」
夕鈴は黎翔の顔が近付く気配を感じながら瞳を閉じた。



次に夕鈴が目を開けた時、その瞳に映ったのはいつもの自室の天井だった。
「――な、何て夢よ…」
夕鈴はベッドの上にモソモソと座ると、膝を抱え溜息を吐いた。
「黎翔が婚約者な訳ないのに…」
そうなら良いと思ってしまった自分に気付いた夕鈴は、改めて黎翔への気持ちを自覚した。
「――黎翔は私を女性として見てはいないのに、ね」
自嘲気味に苦笑を浮かべた夕鈴は、両手でパンッと頬を叩き大きく伸びをした。
「じめじめ考えるのは性に合わないわ」
そして勢い良くベッドから飛び降りると、用意されている服に着替えた。


「お嬢様、本日はミルクティーをご用意いたしました」
夢を思い出した夕鈴は、眉間にシワが寄りそうになるのをこらえ、努めて平静を装った。
ふと黎翔の顔を見た夕鈴は、何となく違和感を感じ尋ねる。
「――黎翔、寝不足なの?」
「あ、いいえ、ご心配おかけしまして申し訳ありません。少々夢見が良かった様な悪かった様な…」
その歯切れの悪い物言いと、憔悴しきった様な表情に夕鈴は心配そうな顔を向けた。
「疲れているなら休んだ方が良いわ。代わりの者を手配するから」
「――いいえ、それには及びません」
にっこりと微笑む黎翔を見て、本当に大丈夫なのかしらと夕鈴は軽く溜息を吐いた。

――お嬢様の婚約者が私だなんて、嬉しく困った夢を見たせいですとは、とても言えませんね。

お互いを思う気持ちが悪戯に繋げた様な、そんな不思議な夢を見た二人の話。



※リクエスト内容は
『王道展開(夕鈴:婚約者は実は黎翔の事だった。黎翔:夕鈴の我儘に付き合えるのは黎翔だけ)に悶絶する二人の今はまだ各々夢オチな話』

SNS初出2013年8月17日

ありがとうございます

皆様ご訪問ならびに拍手、ありがとうございますm(__)m

皆様見てお分かりの通り、このブログは『書庫』として使用しております。

ですので開設する時に、なるべく管理人が姿を現さないブログにしようと自分で決めました。

ふらりと立ち寄って気になるお話を読み、ほっこりした気分でお帰りいただければという思いを込め、ブログ名にも『小部屋』を付けました。

本来なら冷たいお茶の一杯も差し上げたい所ですが、書庫ですので何のおもてなしも出来ずに申し訳ありません。


今回、管理人が姿を現したのは皆様にお礼を言うためです。

拍手数が自分で想像していたよりも伸び、この度2500を越えました。
SNSでの足跡も本日29000を越え、重なった機会に姿を現してみました。

皆様こんな検索にもひっかからないブログへいらして下さり、拍手までして頂きありがとうございます。
皆様からの拍手やコメントが活力となり、ここまで書き綴ってこられました。

中には私の書くお話が好きだと言って下さる方もいらっしゃって、本当に嬉しくありがたい事だなぁと感謝しております。

これからも書庫に拙いお話を増やしていく事と思いますが、気が向かれた時にいらして下さると嬉しいです。


暑さ厳しい折ですが、体調を崩されませんようにご自愛くださいませ。

皆様に愛を込めて。



2013年8月15日 へもへも拝

しりとり⑪

夕鈴がいつもの様にお茶を淹れ黎翔の前に置いた時、黎翔は菓子を手にし、しげしげと眺めていた。
「お菓子が何か?」
「――考えていたんだけど…」
言った後、黎翔は手にしていた菓子を口に入れた。
「どうされました?」
首を傾げた夕鈴に、黎翔は目を向け
「たまには、しりとりしない?」
と尋ね、夕鈴は持っていた茶杯をあやうく落としそうになった。
「い、一体何を!?お菓子と関係ないじゃないですか」
「――菓子が食べたいなと思って」
黎翔が呟くように言った言葉に、夕鈴は益々首を傾げた。
「手にされてましたよね?今」
「まずまずの味だけどね、夕鈴の手作りが食べたいんだ」
「だって、簡単な物しか作れませんよ?」
料理人が作った菓子を食べ慣れている黎翔が、満足する様な物が作れるだろうかと夕鈴は焦った。
「よく作った菓子とかで良いんだけど」
「ど、どうして私の手作りが良いんですか?」
頬を染め問い掛ける夕鈴に、黎翔は
「可愛いお嫁さんの手作りを食べたいと思うのは、当然の事でしょ?」
とにこにこと微笑んだ。夕鈴は眉根を寄せ苦笑すると
「しょうがないですね。でも本当に簡単なお菓子しか作れませんからね?」
と念を押した。
「ねだった甲斐があったな」
と黎翔が嬉しそうに笑うから、夕鈴もつられて笑顔になる。
そしてふと、一つの疑問が湧いた。
「何でお菓子としりとりが関係あるんですか?」
「勝ったら作ってもらおうと思ったんだ」
小犬の笑みで、尻尾を振りながら言う黎翔に夕鈴は溜息を吐いた。
「駄目なんて言いませんから、食べたい時は仰って下さい」
「いつでも良い?」
「いいですけど…厨房を貸切りに出来れば、ですね」
考えながら言う夕鈴に、黎翔は目を細めた。
「根回しは僕がするから、明日にでも作ってくれない?」
「いいですよ。それでは明日の夜の、お茶うけにお出ししましょうか」
にこりと微笑みながら、夕鈴は黎翔の空いた茶杯にお茶を注いだ。
すると黎翔は不意に夕鈴の手首を掴み、口角を上げ夕鈴を見つめた。
「簡単な菓子と言っていたが、私が喜ぶもっと簡単な物が何か分かるかな?」
「な、何ですか?」
黎翔はニヤリと笑うと、掴んでいた夕鈴の手首を自分に引き寄せ、その指先に口付けた。
「菓子よりも甘い、我が妃自身が私にとって何よりのご馳走なのだが」
目を丸くした夕鈴が、顔を真っ赤にさせる様を楽しげに見ていた黎翔は、今度は夕鈴の手の甲に唇を付ける。
夕鈴は一層顔を赤らめ、口をぱくぱくさせながら、やっとの思いで声を出した。
「が…」
「が?」
からかう様な口調の黎翔に、夕鈴は掴まれている手を引きながら言った。
「が、我慢なさって下さい」
「――意味を理解した上で言っているのか?君は…」
黎翔の瞳が妖しく光った気がしたが、夕鈴はキョトンとした顔で黎翔を見つめ返した。
「私を食べたいという意味では?」
「分かってはいるのだな」
黎翔は夕鈴の顎に指をかけ自分へと向かせた。真っ直ぐ自分を見つめる瞳を覗き込みながら、唇を重ねようとしたその時
「な、何をするおつもりですか!?」
と夕鈴は黎翔の口を手で塞いだ。
「可憐なその唇を味わおうとしただけだ」
「駄目です!!そういう事は本物のお妃様になさって下さい!!」
黎翔は口を塞がれたまま、首を傾げた。
「意味、本当に分かった?」
「た、食べられちゃったら、陛下にお菓子作れなくなっちゃいますっ」
黎翔は目を丸くした後、クックッと笑いを堪えながら楽しげに言った。
「素直だなぁ夕鈴は」
そして夕鈴の掌にチュッと軽く口付けした。
夕鈴は慌てて黎翔の口から手を外すと、真っ赤な顔で語気を強めた。
「わ、私、自分でも最近お肉が付いたかなって思ってたんですけど、まさか陛下に『ご馳走』って言われるとは思いませんでした!!」
黎翔はその言葉を聞き、夕鈴の側に立つとヒョイっと夕鈴を抱き上げた。
「確かに、抱きごこちは以前より良くなったかな?」
薄く笑みながら言う黎翔の腕の中で、夕鈴はじたばたと暴れる。
「な…何てこと言っちゃってるんですかっ!!重いでしょうから降ろして下さいっ」
「嫌だ。抱きごこちが良いと言っただけで、重いとは言っていない」
手を緩めようとしない黎翔を、夕鈴は涙目で睨みながら口を尖らせた。
「意地悪……キライです」
少しだけ頬を染め、夕鈴の顔を凝視していた黎翔の唇が静かに弧を描く。
「――好きにさせてみようか?」
「か、顔が近すぎませんか!?」
再び暴れ出した夕鈴の言葉を無視して、黎翔は夕鈴の額に口付けを落とすと、とても嬉しそうに笑みを浮かべた。
「可愛らしい妃の言葉と表情に煽られてしまった」
そして夕鈴を抱き抱えたまま、足を寝所へと向ける。
「た、た、頼みますから降ろして下さいっ」
「いいよ」
あっさり言った黎翔は、夕鈴を寝台の上に降ろし自分も寝台に上がった。
「よ、良くないです!!何で陛下まで寝台に!?」
慌てて起き上がろうとする夕鈴の肩を押さえた黎翔は、夕鈴の背に腕を回し共に横になった。
「忍耐力も限界なんだけどね」
「――眠いんですか?」
気遣うように尋ねる夕鈴に、黎翔はクスクスと笑みをこぼした。
「かなわないなぁ夕鈴には…」
「?私、何かしました?」
訳が分からない、といった様子の夕鈴を抱き締め直し、黎翔は夕鈴の耳元で囁いた。
「タラシたんだよ、僕の事を…おやすみ夕鈴」



SNS初出2013年8月7日

意趣返し

リクエスト第二弾の四作目です。



「お妃ちゃん、どこまで逃げるつもり?」
頭上から聞こえた浩大の声に我に返った夕鈴は、自分が後宮の奥の方の庭にいる事に気付いた。
走っていた足を止め、息を整えようと深呼吸する。
「ずいぶん逃げたね~陛下びっくりしてたヨ」
ニヤニヤ笑いながら、近くの木に逆さまにぶら下がる浩大に、夕鈴は勢い良く反論した。
「びっくりしたのは私よっ!!陛下ったら、く、く、首に…」
そこまで言って一気に顔を赤らめた夕鈴に、浩大は笑いながら言った。
「首にちょっと口付けされたダケだろ?」
「だ、だけって!!」
まぁ、跡が付いてるけど、と声には出さずに浩大が夕鈴の首筋に咲く赤い花を見ていると、夕鈴はキッと浩大を見上げ拳を握った。
「そうよね、いつまでもこんな事じゃ駄目よね。今度は私から攻めてみるわっ」
何でそんな結論になるのかと、浩大が吹き出すと夕鈴に睨まれた。
「そうすれば陛下も、人前で翻弄される恥ずかしさを分かって下さるかもっ」
「いや、ムリだと思うよ~」
「何よ!!やってみなきゃ分からないでしょ!?」
自室に向かって足早に歩き始めた夕鈴の後ろ姿を見ながら、陛下は喜ぶだけだと思うナ、と優秀な隠密は考えていた。

「お妃様、陛下が四阿にてお待ちでございます」
自室へ戻る途中の夕鈴の姿を見付けた侍女が、ホッとした様子でそう伝えるのを、夕鈴は笑顔で受け
「分かりました。四阿へ向かいます」
と答えた。侍女が、こちらでございますと案内する後を付いていった夕鈴は、四阿にいる黎翔の後ろ姿を見て、周りに気付かれぬ様によしっ!!と気合いを入れた。
「陛下、お待たせいたしました」
「急にいなくなるから心配した――何かあったか?」
何かって陛下があんな事したからでしょー!!と叫びたいのをぐっと我慢した夕鈴は、お妃様スマイルを顔に貼りつけにこやかに答えた。
「いえ、大きな虫に驚きまして…申し訳ありませんでした」
そして夕鈴は自ら黎翔の膝の上に座り、黎翔の顔を見上げた。
「――陛下、甘いお菓子は如何ですか?」
「あ…あぁ、貰おうか」
一瞬戸惑いを見せた黎翔に夕鈴は優雅に微笑むと、その細い指で菓子を摘み上げ黎翔の口元に差し出した。
「陛下、どうぞ」
黎翔は軽く目を見開き夕鈴の顔をじっと見たが、にやりと笑うと夕鈴の手首を掴み、その手の菓子を口にした。
「――甘い菓子だな…我が妃の甘さが移ったか?」
言いながら黎翔は、菓子を摘んでいた夕鈴の指をぺろりと舐めた。
「っ!!へ、陛下!?」
カアッと頬を一気に紅潮させた夕鈴は手を引き抜こうとするが、黎翔は力を緩めず自分へと引き寄せた。
黎翔の胸にもたれかかった夕鈴の体に腕を回した黎翔は、楽しげな声を夕鈴の耳に落とす。
「――今度は何の遊び?」
「あっ遊びじゃありません」
「ふうん?」
黎翔は夕鈴の耳の近くの髪を指に絡めると、その髪先で夕鈴の首筋を撫で上げた。
「先程の仕返しかと思ったが」
夕鈴の耳元で低く囁き、黎翔は指に絡めている髪に唇を付ける。
バレてる!?と夕鈴は慌てそうになるが、何とか気持ちを押し留め、強張りながらも黎翔に笑顔を向けた。
「仕返しだなんて…私が陛下にするはずありませんでしょう?」
「――ほう」
黎翔が妖艶な笑みを見せ、瞳が狩る者のそれへと変わった事に気付いた夕鈴は、早まったかもと思い始めた。
「積極的な妃もたまには良いものだな」
嬉しそうに言う黎翔に、夕鈴はくじけそうになる自分を叱責すると、黎翔へと手を伸ばした。
普段自分がされているように、黎翔の頬に手を当て微笑む。
指先が震えてしまうのは仕方ないとしても、どうしても笑顔が強張ってしまい涙目になる。
「――誘っているのか?」
黎翔のまとう空気がひやりとしたものに変わったのを感じながらも、夕鈴は問われた意味が分からず頬を染め首を傾げた。
「――そんな顔で煽らないでくれ」
ふっと苦笑した黎翔が、自分の頬に添えられている夕鈴の手に、己の手を重ねた。
「何を思い付いたのか知らぬが……」
もう片方の手で夕鈴の顎を掴み、顔を近付けた黎翔は夕鈴の鼻先にチュッと唇を付ける。
「また家出されてはたまらないからな」
間近で微笑む黎翔の、婉然とした表情に見惚れてしまった夕鈴は、ぼふんと一気に顔を赤らめあわあわと落ち着きをなくした。

――や、やっぱり私から攻めるなんて無理!!陛下は全然恥ずかしがらないしっ!!

あまりの恥ずかしさに逃げ出そうとしても、いつの間にか黎翔の腕に捕らわれ逃げ出す事も叶わず、夕鈴は居た堪れ無い気持ちで黎翔の膝上に座り続けていた。
そして近くの樹上では、やっぱりナ~と笑いをこらえる隠密の姿があった。



※リクエスト内容は
『夕鈴から攻めるお話』

SNS初出2013年8月4日

執事とお嬢様

『書くったー』という物をSNSのある方の日記で知りまして、『黎翔 夕鈴』で名前を入れた所、出た結果がこちら↓
『あなたは10分以内に5RTされたら、執事と主人の関係で両片想いでじれったい黎翔 夕鈴の、漫画または小説を書きます。』
これに激萌えして書いた短いお話です。

※現代版、黎翔さんが執事の設定です。



「お嬢様、本日のお茶はアイスティーとレアチーズケーキでございます」
テラスの木陰の下、椅子の背もたれに体を預けていた夕鈴は、テーブルの上に手際良く並べられたそれらを見回し、アイスティーに口を付けた。
「…アールグレイ?」
「左様でございます」
「今日はアールグレイの気分じゃないわ。違うお茶にして」
黎翔は薄く笑むと後ろのワゴンからグラスを取出し
「そう仰られるかと思いまして、ダージリンもご用意致しました」
と夕鈴の前に氷の浮かぶ、冷たい紅茶のグラスを置いた。
夕鈴はその氷がカランと音を立てるのを聞き
「相変わらず有能な執事ね」
と、どこかつまらなそうに呟いた。
「黎翔が困る事ってあるのかしら?」
「ございますよ?日々、お嬢様の可愛らしい我が儘に手をやいております」
ニッと笑う黎翔に、夕鈴は頬を赤く染め
「か、可愛らしいとか言わないでっ!!私はもう子供じゃないんだからっ」
と目線を逸らした。
「――お嬢様も、もう17歳…来年にはご結婚なさる方を、子供扱いなどしておりませんよ」
夕鈴は『結婚』の言葉に、びくりと肩を震わせた。
「……ねぇ、黎翔…結婚したくない、と言ったら、その話は無くなるのかしら」
「――お嫌なのですか?」
夕鈴は深く椅子に座り直すと
「良く分からないわ」
と答えた。
「生まれてすぐに、親同士が決めた許婚よ。相手の方にお会いした事もないし」
「現在はアメリカに留学中でございましたね」
涼しい顔でそう言う黎翔に、夕鈴は腹立たしい思いが募る。

――やっぱり、黎翔にとって私は『お嬢様』でしかないのね…

「……そう言えば、黎翔は結婚はしないの?」
「――相手がおりませんので」
どこか悲しげに、にっこりと微笑む黎翔に夕鈴は首を傾げた。
「黎翔なら、結婚相手くらいすぐ見付かるでしょうに」
「――理想が高いのでございますよ」
ふーんと呟きアイスティーを飲む夕鈴の姿を、黎翔は目を細め眺めていた。

――その理想の相手から、結婚はしないのかと聞かれるとは思いませんでしたよ

目前に広がる芝生のスプリンクラーから水が吹き出し、くるくると散水する様を、見るともなく目を向けていた夕鈴は
「あ、虹…」
と小さく呟き、黎翔もまたそちらに目を向けた。
同じ景色を眺められる幸せなひとときが、いつまで続くのだろうかと同じ思いを持ちながら。



SNS初出2013年8月1日

パンツの日

8月2日はパンツの日だそうです。
※本物夫婦
※お子様有



今日は金曜日。
手がけている仕事が一段落ついて、会社から有給を消化するようにと言われた僕のグループ。
確かに有給の消化率が悪いけど、忙しかったから仕方ない。
そこでグループリーダーの僕は、部下が取りやすいようにと率先して有給を取った。
昨夜帰宅して夕鈴に休みの事を伝えると、遠慮がちに美容院に行きたいと言われた。
小さい子供がいるとなかなか行く事も出来ないのだろうと、僕が子供を見ているから行っておいで、と伝えると夕鈴は本当に嬉しそうに笑った。

そんな訳で、今マンションにいるのは僕とお昼寝中の我が子だけ。
起きたら水分を与えるようにと夕鈴に言われていたのを思い出し、僕は冷蔵庫のドアを開けた。
ちゃんと子供用の飲み物が用意されていて、僕は夕鈴の手際の良さに知らずに頬が緩んでいた。

そのうちに、小さな足音が聞こえ寝室のドアが開いた。
「パパ、おきたよ」
「ぐずらないで偉いな。ジュース飲むか?」
「のむっ」
元気良く答える我が子に微笑みを向け、僕は飲み物を手渡した。
「座って飲むんだぞ」
「あいっ」
我が子は手を上げて返事した後、小さな子供用のイスに座りジュースを飲み始めた。
夢中になって飲んでいる姿を見ながら、大きくなったなぁと思っていると、ふと顔を上げた我が子が窓の外を指差した。
「あめ、ふる?」
え?と思い空を見ると、確かにいつの間にか黒い雲が空を覆い、風が吹き始めていた。
「あ…洗濯物」
僕は風に揺れる洗濯物を見て、先程まで良い天気だったからもう乾いているだろうと、取り込む事にした。
「ここにいるんだよ?分かった?」
「あいっ!!」
にこにこと笑いながら、やはり手を上げて返事をする我が子を見て、流行っているのか?と僕は考えた。

ベランダの洗濯物を取り込み、取り敢えずソファーの上に置く。
畳もうかと思って、以前に畳み方が違うと夕鈴に怒られたのを思い出した。
特に女性用の下着は謎だ。
このままの方が良いか、と思い眺めていると、我が子がトテトテと歩いて来た。
「パパ、へんしんして?」
「変身?今?」
「いま!!」
――変身、これは僕が風呂を嫌がり泣く我が子を宥める為にやった冗談だった。
夕鈴が風呂に入れると泣かないのに、僕が入れようとすると大泣きされ、何とかしようと編み出した苦肉の策。
「――しょうがないな、ママには内緒だぞ?」
「ないしょ!!」
嬉しそうに笑う我が子に苦笑しつつ、僕は洗濯物の中からそれを取り出すと頭に被った。
「へーんしんっ!!」
ポーズを決めた僕の耳に、後ろからドサッという音が聞こえた。
きゃっきゃっと笑う我が子から、自分の後ろにゆっくりと視線を走らせると、唖然とした顔の夕鈴と目が合った。
足元に買い物袋が転がっている。
さっきの音はこれかと思っていると、信じられないといった顔で夕鈴が呟いた。
「れ、黎翔さん…一体何を?」
「え、と…これは…」
「へんしん!!パパ、ぱんつマン!!」
あぁ、やっぱり内緒の意味が分かってないな、と僕が溜息を吐くと、夕鈴がわなわなと震え始めた。
「最近この子がパパ変身って言うから何かと思ったら…!!」
「あー…夕鈴、髪キレイになったね。似合うよ」
「自分のパンツ頭に被ってる人に誉められても嬉しくありませんっ!!」
真っ赤な顔で力説する夕鈴に、それも最もだと僕は納得した。
「そうだね、夕鈴…でも君が愛らしいのは本当の事だよ」
「だからパンツを脱いでから言って下さいっ」
「え…夕鈴、大胆だね」
僕の言葉に、夕鈴は耳まで真っ赤に染めて叫んだ。
「意味が違いますっ!!黎翔さんのバカッ!!ヘンタイ!!」
我が子だけが楽しそうに笑い声を上げていた、そんな夏のある日の午後。



SNS初出2013年8月3日

痴話喧嘩

リクエスト第二弾の三作目です。



「夕鈴…まだ、怒ってる?」
つんっとそっぽを向いた夕鈴の視界の隅に、耳も尻尾も垂れた小犬の姿が映る。
「ゆーりーん…」
まるで捨てられた小犬の様な姿と声に、ついほだされそうになるが、夕鈴はぐっとその気持ちを抑えた。
「陛下が悪いんですっ」
「うん…ごめん」
ますますショボンとした小犬に、夕鈴はちらりと視線を向けた。
「昨日は本当に僕が悪かったよ…反省してる」
「だからって、お花やお菓子を山ほど贈るのは止めて下さいっ」
思いがけない夕鈴の言葉に、黎翔は目を丸くした。
「え、でも夕鈴が好きかなと思って」
「あんなに豪華な花や、珍しいお菓子を下さる必要はないです!!勿体ないですっ」
握りこぶしを作り力説する夕鈴を前に、やっぱり夕鈴は予想外だなと黎翔は思った。
「じゃあ、新しい衣装でも作らせようか?」
「陛下っ!!物でご機嫌をとろうと言うのが間違ってます!!」
「――はい」
怒ったままで、ふいっと背中を向けた夕鈴に黎翔は近付き、そっと腕を回し夕鈴を抱き締めた。
「そろそろ機嫌を直してくれないか?君の笑顔が見られないのは辛い」
言いながら黎翔は夕鈴の耳たぶに口付けた。
だが、夕鈴は黎翔の腕をベリッと剥がし黎翔をキッと睨み付けた。
「そんなの陛下の自業自得じゃないですか!!誤魔化さないで下さい!!」
真っ赤な顔で怒る夕鈴に為す術もなく、黎翔は肩を落としうなだれた。


次の日の政務室では、荒れ狂う季節外れの猛吹雪に倒れる官吏が続出し、何とか倒れずにいる者達も、いつもより遅めに現れたお妃様の姿にホッと安堵の溜息を吐いた。
「我が妃よ、待ちかねたぞ」
黎翔が微笑みを向けるものの、夕鈴は無言で椅子に座り扇で顔を隠してしまった。
政務室にいる官吏達はその時、ピシッと空気中に亀裂の入る音を聞いた気がした。
「――手を休める暇があるのか?ならばまだ余裕があるのだな?」
自分達に向けられた冷たい視線と冷酷な笑みに、官吏達は声にならない悲鳴を上げた。
「――陛下、お妃様と何かありましたか?」
見かねた李順が小声で黎翔に尋ねるが、黎翔は書簡に筆を走らせながら
「大したことではない」
と一言だけ呟いた。
李順は眉間にシワを寄せ溜息を吐くと
「陛下、少し休憩なさっては?」
と黎翔に耳打ちした。
「そんな余裕があるのか?」
「今日は思いの外、はかどりましたからね。少しのお時間でしたら」
これ以上、官吏が倒れたら困ると考えた李順の苦渋の決断だったが、黎翔は筆を置くことなく
「いや、良い」
と筆を走らせ続けた。
その黎翔の態度に、李順はこめかみに青筋を浮かべ
「良いからお妃様と一緒に行って来て下さい!!」
と小声ではあるものの、有無を言わせぬ迫力を込めて言い放った。
黎翔は渋々といった様子で筆を置き、立ち上がると夕鈴の前に行き声をかけた。
「我が妃よ、庭園の花を愛でに行かぬか?」
扇で顔を隠したまま、つーんと横を向く夕鈴を、黎翔は無言で抱き上げると政務室を出て行った。
「さぁ、陛下がお戻りになる迄に終わらせますよ」
ホッとした官吏達の頭上に、李順の厳しい声が飛んだ。

「――まだ怒っているのか?」
庭園の四阿で、黎翔の膝の上に座らせられた夕鈴は、黎翔に顔を向ける事なく答えようともしない。
その顔を隠している扇を夕鈴の手から抜き取った黎翔は、夕鈴の頬に手を添え、自分へと顔を向けさせた。
「――頼むから、そんな目で見ないでくれ」
じとっと睨むような夕鈴の目に耐えられず、黎翔は夕鈴のまぶたに口付けを落とす。
「なっ!?」
一瞬で赤く染まった夕鈴の頬を撫でた黎翔は
「眉間のシワも、妃には似合わない」
と夕鈴の眉間にも口付ける。
「なっ…陛下!?」
あわあわと、自分の膝から降りようとする夕鈴の体を抱き締めた黎翔は
「昨日から夕鈴が足りなくて窒息しそうだ――君は私を殺す気か?」
と夕鈴の耳に低く囁いた。
そのまま夕鈴の頭に、自分の頭をコツンと付けた黎翔は
「まったく…私を殺せるのは君くらいだ」
と苦笑混じりに呟いた。
「――どうしたら、許してくれる?」
その弱り切った声に、夕鈴は眉根を下げ小さな声で言った。
「もう、いいです」
「――本当?」
夕鈴は黎翔の背に腕を回し、ぽんぽんとあやすように叩くと
「本当ですよ。もう怒ってません」
と笑いを含んだ声で答えた。
「良かった…安心したら眠くなった…」
そう呟いた黎翔がうとうとしかけたのに気付き、夕鈴は慌てた。
「え!?陛下まさか昨夜寝てないんですか!?こんな所で寝ちゃだめですよ!!」
「うん…昨夜は眠れなくて…少しだけ寝かせて……」
座っている長椅子の背もたれに体を預けた黎翔は、夕鈴を放す事なく寝息をたて始めた。
あぁもう、こんな事ならあんなに怒るんじゃなかった!!と狼の腕の中で、真っ赤な顔の兎は昨日の自分を後悔していた。



※リクエスト内容は
『ひょんな事で夕鈴とケンカをした陛下。(というより一方的に夕鈴が怒っている)陛下は仲直りしようとがんばるも悉く失敗ww』

SNS初出2013年8月1日

風鐸-ふうたく-

リクエスト募集第二弾の二作目です。



夕鈴がそれを見付けたのは、後宮の立入禁止区域で掃除をしている時だった。
高い棚の上をハタキがけしていたら何かに当たり、不審に思った夕鈴が踏み台を持って来て覗くと、細長い箱があった。
夕鈴は手を伸ばし、その箱を取ると埃を払い蓋を開けてみた。
「…?これ何?」
中に入っていたのは青銅製の杯の様な形をした物で、内側の中心部分には何かを付けると思われる輪があった。
「これを付けるのかしら?」
夕鈴は箱に並んで入っていた、先端に飾りが付いている細い棒状の物を持ち上げた。
「掃除は終わったかの?」
物音がせず、静かになった夕鈴の様子を見に来た老師に、夕鈴は尋ねた。
「あ、老師。これ何でしょう?」
「ん?これは…風鐸じゃな」
「風鐸?」
夕鈴は手の中の物をしげしげと眺めた。
「風鐸は軒先に吊しての、その涼しげな音を楽しむんじゃ」
「へぇ~」
老師は髭を撫でながら、考え込む様に呟いた。
「…ただ、風鐸はその音で霊を呼ぶとも言われていてのぉ」
「――え!?」
手にしていた物を慌てて箱にしまった夕鈴は、その際に二つの部品が触れ、チンと音が出た事に背筋を震わせた。
「いっ今、音がっ」
「まぁただの言い伝えじゃからの、気にする事は無いじゃろ」
平然と言い放つ老師に、夕鈴は青い顔で何も言う事は出来なかった。


「我が妃よ、遅くなってすまない……どうした?顔色がすぐれぬな」
「そ、そうですか?」
黎翔は強ばる夕鈴の頬に手を当て
「妃の笑顔が私の一日の疲れを癒してくれるのだが…見られないのは寂しいな」
と赤く染まり出した頬を撫でた。
黎翔が手を上げると、侍女達は心得た様に静かに下がって行った。

「――で、夕鈴どうしたの?何かあった?」
長椅子に座る黎翔にお茶を出した夕鈴は、黎翔の顔をじっと見つめた。
「あ、あの、陛下…隣に座っても宜しいでしょうか?」
「――勿論、構わないけど」
言いながら黎翔は夕鈴の腰をさらい、自分の膝の上に横向きに座らせた。
「この方が落ち着くよね」
黎翔は、自分の衣の胸の辺りを夕鈴がキュッと掴んだのに気付き、その顔を覗き込んだ。
「夕鈴?」
「へ、陛下は、その…この後宮で、霊とか見た事…ありますか?」
夕鈴の細い背がかすかに震えているのを訝しんだ黎翔は、衣を掴んでいない方の夕鈴の手を握り、穏やかに尋ねた。
「僕は見た事ないけど、夕鈴は見たの?」
「ちっ違うんです!!」
夕鈴は俯き加減だった顔をガバッと上げると、黎翔に涙の浮かんだ目を向けた。
「今日、掃除中に風鐸という物を見付けて、それは霊を呼ぶ物だって老師が…」
「――風鐸?」
黎翔の言葉に、夕鈴は涙目のまま頷いた。
「そ、それで、もし本当に霊が寄って来たら、どうしようと思って」
「霊、ねぇ」
少し眉根を寄せた黎翔に、夕鈴は頬を赤らめて力説し始めた。
「それで私、思い出したんですが、夜に目が覚めた時に、何か視線を感じた事があるんです!!」
「あー…」
それは多分、警護中の浩大だなと黎翔が考えていると、夕鈴は握られている手にギュッと力を入れた。
「それにですね、足音がしなかったのに、部屋の中に人影があった事があるんですっ」
「――あぁ…」
それはきっと夕鈴の寝顔を見に来た僕だな、と黎翔は思いながら夕鈴の耳に口を寄せた。
「――怖いのなら添い寝しようか?」
「なっ!?何言ってるんですか!!」
真っ赤な顔でそう抗議するものの、黎翔の衣や手を握る夕鈴の手には一層力が込められ、黎翔は苦笑した。
「怖いんでしょ?」
「こっ怖くなんかありません!!ただ、私が霊を呼んだせいで、一緒にいる陛下に何か悪い事が起きたら」
目尻に涙をため上目遣いに自分を見上げる夕鈴に、黎翔は安心させる様に微笑んだ。
「――もしも霊が本当に悪さをするなら、もうとっくに僕に何か起きてるよ」
「…え?」
きょとんとした顔を見せる夕鈴の髪を一房指に絡め、そっと唇を付けた黎翔は
「それに、昔から音を出す物は魔を払うと言われているし」
とにっこりと笑った。
「え?魔を払う?で、でも霊を呼ぶって…?」
混乱する夕鈴を、目を細め楽しげに眺めていた黎翔は
「ね?言い伝えなんてそんな物なんだよ」
と穏やかな口調で言い、言葉を続けた。
「それでも不安なら、魔を払うのだから、寄って来るのは良い霊だと思ったらどうかな?」
「――良い、霊ですか?」
考え込みながら呟く夕鈴を、黎翔は腕にすっぽりと包む様に抱き締め
「どうしても怖いと言うなら、夕鈴が眠るまで側にいてあげるから」
と囁いた。
「そ、そんな訳には…」
黎翔の腕の中で、夕鈴はバクバクと高鳴る心臓の音が黎翔に聞こえないだろうか、と恥ずかしくなった。
「このまま戻るのも心配だし」
黎翔はそう言うと夕鈴を抱え上げ、寝所へと足を向けた。
「…え?」
寝台にポスンと夕鈴を横たえた黎翔は、椅子を持って来ると寝台の脇に置き、そこに座った。
「夕鈴が寝たら僕は戻るから」
そして先程の様に夕鈴の手を握ると、優しい笑顔を向けた。
「この後宮で、君が怖れる事なんて何もないから」
――僕が守るから、と言う黎翔の言葉を聞きながら、夕鈴は安らかな眠りに落ちた。



※リクエスト内容は
『立入禁止区域で掃除中に風鐸を見付けて魂を呼んでしまうと怯えてるけど、実は風鈴で魔よけになるから安心的な話』

SNS初出2013年7月31日
プロフィール

*へもへも*

Author:*へもへも*
『狼陛下の花嫁』の二次創作小説がメインです。

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