春夏秋冬

SNSでリクエスト募集第二弾を行いまして、その一作目のお話です。



春は花簪。
冬の間は造花が彩っていた夕鈴の髪に生花が飾られ、近付くと甘い香りが漂ってくる。
もう、このお花が咲いたんですよ、と夕鈴が嬉しそうに笑うから僕まで嬉しくなる。
周りが暖かくなるにつれて飾られる花の種類も増え、楽しげに笑う君を見ている僕の心にも花が咲くようだ。

夏は薄衣。
夕鈴が動く度に、ふわりふわりとまるで踊る様に、その身に風をはらむ。
くるくると良く動く夕鈴に、その軽やかな衣はとても良く似合う。
膝の上に抱き上げた時も、衣を通してその体の柔らかさが伝わるのが良い。

秋は実り。
様々な秋の味覚に、嬉しそうに舌鼓を打つ君。
食事なんて単なる栄養補給にすぎないと思っていた僕に、美味しいですねとにこにこと夕鈴が微笑む。
きっと夕鈴の笑顔の分だけ、本人よりも僕が感じている『美味しさ』の方が大きいのだろうな。

冬は温もり。
寒さが増すと人の温もりが恋しくなる。
白い息を弾ませて、僕を見て笑う夕鈴の手をとった時の温もり。
途端に染まる頬を撫でた時に伝わる温もり。
抱き寄せて、膝の上に座らせた時に君から移る温もりは、僕の心まで暖める。

――春夏秋冬、君がいるだけで、僕の一年は豊かな物に変わった。
願わくば、また次の季節も君と共に過ごせるように――



※リクエスト内容は
『春はあけぼの』調で春夏秋冬、ただひたすら陛下が夕鈴可愛い!と思っている話。

SNS初出2013年7月29日
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北の地で⑥

今回はSNSでのお友達、あさ様からのリクエストが盛り込まれています。



李順が住み込みを始めて一週間ほどがたった。
黎翔も、李順に少しずつではあるが笑顔を見せるようになり、離宮の女官達も安堵している様子が見てとれた。
「黎翔様、そう言えば黎翔様の乳母はどちらに?」
李順がお茶の時間に毒見を済ませてから尋ねると、黎翔は目を伏せた。
「――今はいない…僕の代わりに毒に倒れた」
「…それは、後宮で、ですか?」
黎翔は目線を落としたまま、こくんと頷いた。
「食事に入れられていたんだ……毒見して…」
「――亡くなられたのですか?」
李順の問いに一瞬びくりとした黎翔が、再び頷いた。
「それがきっかけになって、父上が北に行く様にと」
「――今、この離宮にいる女官達は後宮から?」
「そう。信用できる者達だけ」
李順は離宮に来た当初から感じていた、閑散とした雰囲気の原因はこれかと気付いた。
女官の数が少なすぎる。
妃と王子が滞在しているにも関わらず、李順が目にした女官はほんの数人だ。
乳母がいないと言う事は、黎翔の身の回りの世話を専門に行う者がおらず、女官達が他の仕事と兼ねて動いているのか、と李順は推測した。
「乳母がいないと不自由ではありませんか?」
「…少し。でも仕方ない」
乳母は王子の一番近くにいる存在だ。
よほど信用できる人間でないと、任せる事は出来ない。
李順は少し考えてから、黎翔に提案した。
「私の叔母を、黎翔様の乳母に雇って頂けませんか?」
「李順の叔母?」
「はい、私の亡くなった母の妹です。貴族の出ですから、行儀作法に問題はないかと」
黎翔はしばらく李順の瞳を見つめていたが、少し眉根を寄せ尋ねた。
「信用できる者か?何かあれば、進言したお前の身にまで咎が及ぶ」
「はい、信用できる人間です…私をご心配くださったのですね?」
クスリと笑む李順を見て、黎翔は頬を染め目線を逸らした。
「李順からはまだ、この地の事を聞いている途中だ。いなくなると困る」
そっぽを向いたままで答える黎翔の横顔に、李順は一層笑みを深めた。

次の日、女官長に連れられた一人の女性が黎翔の部屋を訪れ、黎翔の前に進み出ると深く礼を執った。
「拝謁叶いまして恐悦至極にございます」
「お前が、李順の叔母か?」
「はい、あさと申します。不肖の甥がお世話になっております」
「――やはり李順と似ているな…髪が」
黎翔の脇に控えていた李順は首を傾げた。
「髪、ですか?」
「僕とは違う」
確かに黎翔は黒く真っ直ぐな髪だが、李順は幾分淡い色で波うっている。
李順の叔母と紹介されたあさも、また李順と同じような髪をしていた。
「この地の者は皆そうなのか?」
黎翔からの率直な問いに、あさは笑みを溢した。
「いいえ、様々な方がいらっしゃいます。黎翔様は離宮からお出になられた事はございませんか?」
「ない。後宮からここへ移った時…馬車から降りた時だけ外に出た」
まぁ、とあさは目を丸くすると穏やかに微笑んだ。
「これからの時期、この地は長く厳しい冬を迎えます。外に出る事もほとんど出来ませんが、春になりましたら町へ行かれませんか?」
「町…」
黎翔はふと顔を上げ李順を見た。
「李順と一緒なら行く」
二人の様子を眺めていたあさは、にこやかに李順へ目を向け
「仲良くして頂いているのですね」
と穏やかに告げると、黎翔に改めて礼を執った。
「李順共々、誠意を込めてお仕えさせて頂きます。これから宜しくお願い致します」
「こちらこそ頼む――危険は承知か?」
暗い瞳で尋ねる黎翔に、あさは艶全と微笑むと
「はい、この身に代えましても、黎翔様をお守り致します」
とキッパリ言い切った。
その意志の強さを表すかのような強い瞳に、黎翔は口角を上げ
「李順、お前の叔母は強い女性だな」
とどこか嬉しそうな口調で李順に言った。
その言葉に李順は肯定も否定もせず、ただ微笑み眼鏡を指で押し上げた。



※リクエスト内容は
『登場権』

SNS初出2013年7月26日

子守唄

SNSでのお友達とのコメのやりとりから生まれたお話です。



「――遅くなってしまった。待たせてすまない」
「いいえ、お疲れ様でした」
その日、黎翔が夕鈴の部屋に渡ったのは、もう日付も変わろうかという時間。
そんな遅い時間にもかかわらず、笑顔で出迎えてくれる夕鈴の頬を黎翔はそっと撫でた。
「先に休むようにと伝えるべきであったか」
「い、いえ…来て下さって嬉しいです」
撫でられた頬が染まる様を、目を細めて見ていた黎翔は手を上げ、侍女達を下がらせると長椅子に腰を下ろした。
「あー疲れたー」
「…お忙しそうですね」
夕鈴はお茶を淹れながら、黎翔を気遣う様に声をかけた。
「んー、まぁ少しね」
お茶を受け取りながら、苦笑を浮かべる黎翔の顔が疲れているように見え、夕鈴は黎翔に尋ねた。
「陛下…何か私に出来る事はありませんか?」
「え?」
目を丸くして自分を見上げる黎翔に、夕鈴はわたわたと両手を振りながら言う。
「あっ、あの大した事は出来ませんけど、肩をお揉みするとかなら」
「――何でも良いの?」
黎翔は夕鈴の手を握り、その瞳をじっと見つめる。
「わ、私に出来る事でしたら…」
その言葉を聞いた黎翔は口角を上げ、夕鈴を横向きに抱き上げた。
そしてそのまま寝所へと足を向ける。
「へっ陛下!?」
寝台に降ろされた夕鈴は起き上がろうとするが、その横に体を横たえた黎翔に押さえ込まれてしまった。
「――添い寝、してくれる?」
「ななな、何言ってるんですか!?」
夕鈴は黎翔の胸に手を当て押し退けようとするが、余計にぎゅっと抱き締められる。
「――こうしてると眠くなるね」
「わっ私は眠くなりませんけどっ!!」
黎翔のクスクス笑う声が頭上から聞こえ、夕鈴は溜息混じりに諦めた様に言った。
「…ついでに子守唄でも歌いましょうか?」
「子守唄?」
「あ、貴族と下町では子守唄も違うかしら?」
夕鈴は小さく首を傾げた後、軽やかな旋律の歌を歌い出した。
曲調は軽いのだが、黎翔はその歌詞の内容に呆気にとられた。
歌い終わった夕鈴に、黎翔が尋ねる。
「――寝ないとお化けに食べられちゃうの?」
「そうですよ?いつまでも起きてる悪い子は、頭から食べられちゃうんです」
へぇ、と言った黎翔が、笑いをこらえているのに気付いた夕鈴は、顔を真っ赤にして口を尖らせた。
「へーかはどんな子守唄を歌ってもらったんですか?」
「――記憶に無いな」
「…え?」
夕鈴が驚いて見上げると、困った様に薄く笑む黎翔の顔が見えた。
「乳母は歌が苦手だったようで…代わりに二胡を弾いてくれていたな」
「…そうなんですか」
「――あぁ、そう言えば子守唄ではないけど、母が良く歌っていた歌がある」
そう言うと黎翔は、まるで語るかの様に歌い出した。
流れる様な旋律ともの悲しい歌詞のその曲は、舞姫だったという黎翔の母が歌うには、とても良く似合っているような気がした。
「…悲しい歌ですね」
歌い終わった黎翔に、夕鈴は素直に思った事を口にした。
歌詞にあったのは天女と人間の恋。愛し合っていた二人が、最後には住む世界が違うと離れ離れにされてしまう。
黎翔の母はこの歌を歌いながら、歌詞の二人を自分と夫である国王の姿に重ね合わせていたのだろうか。
夕鈴は黎翔の襟をギュッと掴むと、胸元に頭をコツンと当てた。
「陛下…私で良ければ、いつでも子守唄ぐらい歌いますから」
「――うん、ありがとう」
夕鈴の髪を梳く様に撫でながら、黎翔は考える。

歌の男は天女を手放したけど、僕は夕鈴の手を放せるかな?
――夕鈴が帰りたいと望んだら?

黎翔は自分の考えを頭から追い出すかの様に、腕の中の夕鈴を強く抱き締めた。



SNS初出2013年7月23日

夏祭り[後編]

※オリキャラ出ます。



「あの『お姐さん達』は夕鈴の友達?」
「友達と言うか…近所のお姐さん達なんです。小さい頃からの知り合いで」
そう説明した後で、夕鈴は李翔をじっと見た。
「へ…李翔さんも、やっぱりあんな風に色っぽい女性が好きですか?」
「え?」
頬を赤らめた夕鈴の目が据わって来た様に思えて、李翔の背に冷や汗が伝う。
「お姐さん達を、じっと見てたじゃないですか。囲まれて嬉しそうでしたし」
「夕鈴の知り合いみたいだったから、邪険にするのも悪いかと思って」
「へー…」
説明をしても相変わらずジト目で自分を見上げる夕鈴に、李翔は苦笑するとその細い手首を掴んだ。
勢いをつけて引っ張り、夕鈴を自分の胸にすっぽりと抱えた李翔は、低い声で夕鈴に囁いた。
「――私は、いつでも妃しか見ていないのだがな」
「なっ!?李翔さんっ!?」
腕から逃れようとする夕鈴を一層強く抱き締めた李翔は
「私の愛らしい妃は、いつも夫の言葉を信じてくれぬから困る」
と妖艶な笑みを浮かべ、唇が耳たぶに触れそうな距離で囁く。
「わ、わ、分かりました!!」
湯気が出そうな程に赤面した夕鈴は、李翔の胸を押しやろうとするが、李翔はにやりと笑っただけで腕を緩めてはくれなかった。
「誤解したままで私から逃れるつもりか?」
「ごっ誤解なんかしてません!!ちゃんと理解しましたからっ」
ようやく力を抜いてくれた李翔の腕から逃れた夕鈴は、顔を真っ赤に染め、ぜーぜーと肩で息をしている。
何とか息を整えようとしている夕鈴の耳に、聞き覚えのある声が飛び込んできた。
「あー、やっぱりお前らか…往来の真ん中で何やってんだよ」
「……几鍔?」
夕鈴は信じられない物を見た様な顔を几鍔に向けると、途端に眉間にシワを寄せた。
「うっさいわね!あんたに関係ないでしょ!?」
「関係はねぇけどな、周りの迷惑も考えろ」
几鍔は言いながら李翔をジロリと見た。
「役人が何しに来たんだ?」
「お祭りを見に来たんだよ」
涼しげな顔で答える李翔の態度に、几鍔は小さく舌打ちした。
「下町のこんな小さな祭りを見に来るほど、役人は暇なのか!?」
「――暇、ではないんだけどね」
薄く笑みを浮かべる李翔をかばう様に、夕鈴が二人の間に割って入った。
「ちょっと几鍔、何いちゃもん付けてんのよ!!へ…李翔さんはとっても忙しい方なのよ!?」
「『とっても忙しい方』がわざわざ下町まで来るかよ」
几鍔は呆れたように頭をかくと、夕鈴の顔をじっと見た。
「――何よ?」
「…いや、元気そうだな」
「はぁ?」
訳が分からないと、目を丸くする夕鈴に背を向けた几鍔は、手を上げ歩き出した。
「じゃあな、バカ女」
「な!!バカはあんたでしょ!?」
几鍔の後ろ姿を睨んでいる夕鈴を、李翔は後ろから抱き締め拗ねた口調で囁いた。
「相変わらず仲良いね」
「どこがですかっ!?」
ジタバタと暴れる夕鈴を抱き締めたまま、李翔はある出店に目を留めた。
「あ、あの飾り…」
「はい?」
夕鈴も李翔の目線の先をたどり
「あぁ、あれはこのお祭りの時だけの飾りなんです」
と説明した。
その出店には、様々な色の房が付いた花飾りが並べられていた。
「さっきの『お姐さん達』が着けていたね」
「――李翔さん、よく見てますね」
「うん、だって夕鈴に似合うだろうなって思ったから」
ボンッと一気に赤面した夕鈴は、李翔に手をひかれるまま、その出店へと向かった。
「いらっしゃい!!」
「夕鈴、どれが良い?」
「…え?」
李翔は花飾りを一つ手にすると、夕鈴の髪にかざし
「もう少し優しい色が良いかな?」
と首を傾げた。
「り、李翔さん?」
「あぁ、これが良いな」
李翔が手にしたのは淡い桃色の花飾りに、白い房が付いた物だった。
「おじさん、これ貰うよ」
「はいよっ」
お金を払った李翔は、飾りを夕鈴の髪にさし満足そうに微笑んだ。
「――よく似合うよ」
「あ、ありがとうございます…」
恥ずかしそうに俯いた夕鈴の髪を指で梳いた李翔は、その指先で房をはじいた。
「この飾り、何故お祭りの時だけなの?」
「そ、それは、飾りの房が川を表しているから、です…」
「――なるほど」
李翔は身を屈め、夕鈴の耳元で
「じゃあ、王宮に戻るまで着けていてくれる?」
と囁き、コクンと頷いた夕鈴の手をとった。
「さぁ、帰ろう」
――僕達の『家』へ


手を取り合い、歩いて行く二人を見かけた几鍔は眉間のシワを深くした。
「あらぁ、几鍔?」
「…姐さん?客引きか?」
「まぁね…あら夕鈴ちゃんたら、お手手繋いで」
うふふと微笑む女性を尻目に、几鍔はチッと舌打ちした。
「胡散くせぇ野郎だぜ」
「夕鈴ちゃんは上司だなんて言ってたけど、あの眼差しに気付いてないのかしらね」
「――さぁな。姐さん、店に行ってやるよ」
あら嬉しいわ、とクスクス笑う女性と連れ立って、几鍔は李翔達とは逆方向に歩き出した。



※リクエスト内容は
『お祭りに2人で行って、陛下がモテモテで夕鈴がムクレルお話』

SNS初出2013年7月22日

夏祭り[中編]

※オリキャラ出ます。



「へぇ~やっぱりいつもと違うね」
下町を歩きながら『李翔』は夕鈴に微笑みかけた。
平素はどちらかと言うと、殺風景なほどに飾り気のない店々の軒先に、華やかな色の提灯や造花が飾られている。
「お祭りですからね」
にこっと笑う夕鈴も、いつもの下町衣装より少し華やいだ物を身にまとっている。
「この先に舞台があるんですよ」
今にも走り出しそうな夕鈴に促され、李翔も足早にそちらへと向かった。

祭りのために組み立てられたらしい、簡素な造りの舞台の上に、二人の少女の姿が見えた。
舞台の横には楽器を構えた数人の少年達が、舞の為の伴奏をしていた。
「川の神様に、川を溢れさせないで下さった、感謝を捧げる舞なんです」
「川が氾濫しなかった事に対する感謝、か」
薄く笑む李翔に、夕鈴が問う様な視線を向けると
「大雨が降る前に、河川工事が終わって良かったよ」
と夕鈴にだけ聞こえる様に囁いた。
「…この舞は、日々お仕事を頑張ってらっしゃる、国王陛下に捧げられるべきなんですね」
夕鈴も李翔にだけ聞こえるように耳打ちして微笑んだ。
「――何で舞も楽も子供達なの?」
「あ、それはですね、川の神様は元気な子供がお好きだからだそうです」
ふーんと呟いた李翔は、ふと気付いた様に尋ねた。
「夕鈴も舞ったの?」
「はい、明玉と一緒に。その時、几鍔も伴奏してたんですけど、舞が下手だとか散々言われましたよ」
ぷうっと膨れた夕鈴の頬に手を当てた李翔は、口角を上げ
「…僕も見てみたかったな」
と言ったが、その目が笑っていない事に気付いた夕鈴の胸が、ドキンと跳ねた。
「り、李翔さん、出店を見ましょうか!?」
歩き出そうとした夕鈴の手を掴み、李翔はその指先に口付ける。
「はぐれると困るから、手を繋いでいよう?」
にっこりと笑みながら言われ、夕鈴は頬を赤らめながら頷いた。

「おじさん、コレ何?」
珍しい物が並んでいる出店を見付けると、李翔は子供の様にはしゃぎながら、それらを眺めている。
なかば呆れ顔でその様子を見ていた夕鈴も
「楽しいね」
と、にぱっと李翔に微笑まれると、ついつられて笑顔になってしまう。
と、そこに数人の女性が通りかかった。
「あら?夕鈴ちゃん?」
驚き振り返った夕鈴は、目を丸くした。
「お姐さん達!?うわぁ久しぶり!!」
「それはこっちの台詞よ。まだ住み込みの仕事してるの?」
夕鈴と和やかな雰囲気で話している『お姐さん達』は、皆一様に艶やかな姿をしている。
少し広めに開けられた襟から覗く、白い首筋にただよう色気や、まとめた髪にさしてある、房の付いた大きめの花飾りが人目をひく。
その中の一人が李翔に気付くと
「こちらは夕鈴ちゃんの彼氏?」
と微笑みながら尋ねた。
「ちっ、違います!!私の職場の上司ですっ」
ワタワタと慌てる夕鈴に目を細めた女性は、李翔にしなを作り話し掛けた。
「夕鈴ちゃんの彼氏じゃないなら、あたし達と一杯どう?」
「お姐さん!!」
「ん~と、一杯ってどこで?」
「李翔さんっ!?」
女性と李翔の顔を交互に見て、二人のやり取りを聞いていた夕鈴は無意識に李翔の袖を掴んでいた。
「あたし達、この先の飲み屋で働いてんのよ」
「お兄さんみたいな色男なら大歓迎よ」
口々に誘いをかける女性達を前に、夕鈴が自分の袖を掴んでいるのに気付いた李翔は
「また今度ね。今日はお祭りを見たいから」
とにっこり笑った。
「残念ねぇ」
と溜息混じりに言った女性は、夕鈴に顔を向けると
「邪魔しちゃってごめんなさいねぇ。夕鈴ちゃんに会えて嬉しかったわ」
と艶やかに微笑んで、さぁ行くわよと他の女性達を促した。
「またね、夕鈴ちゃん」
女性達が手を振り去って行った後、夕鈴はハッと我に返り慌てて李翔の袖から手を離した。
その様子を見た李翔は、残念そうな顔で小さく苦笑した。



SNS初出2013年7月22日

夏祭り[前編]

SNSでの足跡26000hitのキリリクです。
思ったより長くなり、前・中・後編に分けました。



黎翔が回廊の途中で見かけたのは、四阿に佇み遠くを見つめる夕鈴の姿だった。
こちらに背を向けている夕鈴は、黎翔には気付いていない様だった。
「――さて、我が妃は何を憂いているのか」
足を止め口角を上げた黎翔に、すぐ後ろに控える李順が眉間にシワを寄せ小声で告げる。
「陛下、お時間がありません。お急ぎ下さい」
「あぁ、そうだったな…夜にでも聞いてみるか」
再び歩き出した黎翔の足取りが、明らかに先程までより軽いのを見た李順は、わざと黎翔に聞こえる様に溜息を吐いた。

「我が妃よ、今戻った」
「陛下、お帰りなさいませ」
うっすら頬を赤らめ出迎える夕鈴の様子はいつもと同じに見え、黎翔は夕鈴をぎゅっと抱き締めると耳元で囁いた。
「――疲れた。妃よ、癒してくれぬか?」
「は、はい!?」
侍女達が気をきかせた様に静かに退室すると、黎翔は夕鈴を抱き上げ長椅子へと移動した。
自分の膝の上に夕鈴を座らせた黎翔は、夕鈴の肩に顎を乗せると落ち着いた声で尋ねた。
「――夕鈴、何か心配事でもあるの?」
黎翔の膝から降りようと夕鈴は藻掻いたが、腹の前で組まれた手はびくともせずに、夕鈴は諦め考える様に言った。
「心配事、ですか?別にありませんよ?」
「最近、よく遠くを見てるよね」
「――あ…」
夕鈴は思い当たる節があるかのように、口に手を当てた。
「心配事ではないのですが、青慎からの手紙にお祭りの事が書いてあって…明日なんですけど、もうそんな時期なんだなぁって」
はにかんだ笑顔で、自分へ顔を向ける夕鈴を優しい眼差しで見つめていた黎翔は、そっと囁くように夕鈴の耳に言葉を落とす。
「お祭り…夕鈴も行きたいの?」
「い、いえ、ただ毎年行っていたので、懐かしいなって思って」
「ふーん…どんなお祭りなの?」
耳に息がかかる距離で尋ねられ、夕鈴の鼓動が激しくなる。
「か、川の神様に、子供が舞を捧げるんです。この時とばかりに、出店も沢山出ますよ?」
慌てたように赤い顔で言う夕鈴を見て、黎翔はニッと笑った。
「行こうか。二人で」
「はいー!?」
何を言ってるんですか!?と黎翔の膝上でワタワタし出した夕鈴を、一層ぎゅっと抱き締めた黎翔は楽しげに
「ね、行こう。ちゃんと李順には話しておくから」
とにこにこしている。
「お仕事忙しいんじゃないんですか!?」
「明日の夜、一晩くらいなら大丈夫だよ」
行こう行こうと散歩をねだる小犬の様に、幻の尻尾を降る黎翔を見ていた夕鈴は、力なく
「…李順さんの許可を取れたら、ですよ?」
と言うしかなかった。


翌日の夕方、黎翔は上機嫌な様子で妃の部屋を訪ねた。
「陛下!?ずいぶんお早いですね」
「あぁ、愛しい妃に一刻も早く会いたくて、政務を全て終わらせて来た」
夕鈴の手を取り笑みながら囁く黎翔に、夕鈴は赤く染まった頬をもう片方の袖で隠しながら俯く。
本当に終わったの!?と内心では思いながら、脳裏に眼鏡を光らせた側近の顔が浮かび、夕鈴は上目遣いに黎翔の顔を見上げた。
「あの…本当に?」
「夫の言葉を疑うのか?」
にやりと妖艶な笑みを向けられ、夕鈴はそれ以上何も言えずに、いいえと小さく呟いた。
黎翔は控えている侍女達に振り向き
「今宵はもう下がってよい。明日まで誰もこの部屋に近付かぬ様に」
と幾分低い声で伝え、侍女達は深く礼を執ると退室して行った。
「さ、これで大丈夫。夕鈴早く行こう」
にこにこと嬉しそうに笑う黎翔を前に、本当にお忍びが好きなのねと夕鈴は苦笑し溜息を吐いた。

そして辺りが暗くなる頃、白陽国の国王陛下とその妃は王宮を抜け出し、下町へと手を繋ぎ駆けて行った。



SNS初出2013年7月22日

北の地で⑤

次の日、李順は少しの手荷物を持ち、住み込みを始める為に離宮を訪れた。
李順に割り振られた部屋は黎翔の隣。
その有り得ない配置に李順は驚いた。
「黎翔様の隣室ですか!?」
案内した女官は、そのように承っております、と静かに告げた。
「――僕が決めた。不満か?」
振り返ると黎翔が李順を見上げて立っていた。
「いいえ、不満など…ただ王子の隣室とは恐れ多い事だと」
礼を執る李順に、黎翔は事も無げに言った。
「部屋が遠いと、面倒だろう?荷物はそれだけか?」
「はい、私物と呼べる物はこれだけです」
訳を話し邸を出ると告げた時、どこか寂しそうな表情を見せた伯父の顔を思い出し、李順は目を伏せた。
「――本当に、良かったのか?」
黎翔の言葉に李順はハッと顔を上げた。
――この方は人の機微に聡い…仕える者が心配されてどうしますか。
「黎翔様、私は自分の意志で貴方にお仕えすると決めたのです」
黎翔は何も言わず、ただじっと李順の瞳を見つめていた。

そして李順はある事に違和感を抱いた。
それは二人で巻物を読んでいる時の事、熱心に読み耽っている黎翔が、何かをぶつぶつと呟いている。
「黎翔様?如何されました?」
「――あぁ、議論していただけだ」
「議論?どなたとですか?」
黎翔は李順の顔を見ると
「『僕』が『私』と」
と言った。言われた李順は訳が分からず、眼鏡を指で押し上げると黎翔に問い掛ける様な眼差しを向けた。
「僕は、理解できない点は私と話し合うんだ――どちらも自分だけど」
「それは…」
「――気味が悪い?」
驚いている李順を見て、黎翔は言葉を続ける。
「後宮の女官達には気味が悪いと言われた」
「あ、いえ…少し驚いただけです」
李順は出来るだけ冷静な声で、微笑みながら言った。
そしてふと疑問に思った事を尋ねた。
「黎翔様の今までの話相手はどんな方でした?」
「――いない。李順が初めて」
「そう、でしたか…」
それでは先程の事は、一人でいる事が多い為に、身に付いたものだろうかと李順は考えた。
「――どの様に議論されるのですか?」
「…例えば、この巻物にある害獣駆除についてなら、『私』は駆除をする班を編成して定期的に見回るべきだと思う。『僕』は害獣について調べ、生態に合った罠を仕掛けるべきだと思う…って議論してた」
李順は黎翔の答えに、知らず息を飲んだ。
黎翔がただ巻物を読み丸暗記している訳ではなく、理解しさらに議論という形を通して発展させている事に李順は驚いた。
その様子を見て、黎翔は言葉を続ける。
「――北の地には王都にはいなかった獣が沢山いるな。知らない種類ばかりだ」
じっと自分の顔を見上げる黎翔に、李順はフッと微笑むと穏やかに言った。
「黎翔様、先程初めて私の名をお呼び下さいましたね」
その言葉に黎翔は虚を突かれた様に目を丸くし、頬を赤らめた。
「そうだったかな」
目線を逸らし落ち着かない様子の黎翔を見て、李順はクスリと笑みを溢す。
今まで名前を呼ぶ相手もいなかったのだろうかと、切ない思いが込み上げるものの、少しずつではあるが自分に様々な表情を見せてくれる様になった黎翔に李順は目を細めた。
「どうぞ名をお呼び下さい。そして、私相手には我が儘を仰っても宜しいのですよ?」
「我が儘?…李順は変わった事を言う」
キョトンとした表情の黎翔の顔は年相応に見えて、李順は一層笑みを深めた。
「お妃様や他の大人の前で『良い子』でいるのは大変素晴らしい事ですが、私といる時にはそんな必要はありません」
「――そういう物なのか?」
「はい、何でも仰って下さい」
黎翔は少し考える様に、握った手を口元に当て俯いた。
そしてゆっくり顔を上げると、小さな声ながらもハッキリした口調で言った。
「この地にいる獣について、教えて欲しい」
「……それが黎翔様の『我が儘』ですか?」
「――やはり駄目か?…面倒か?」
自分を見上げるその幼い顔に心配気な表情が浮かんだのを見て、この方は今まで我が儘も言った事が無いのかと李順は苦笑した。
「勿論宜しいですよ。私が知っている、この地の事を全てお教え致しましょう」
黎翔の表情が明るくなったのを見て、李順は話を始めた。
「獣、と一口に言いましても、この地にいる獣は狼のような強いものから、兎のように弱いものまで、様々な生き物がおります」
目を輝かせ李順の話を聞く黎翔の顔は、今まで見た事も無い程とても嬉しそうなものだった。



SNS初出2013年7月17日

ホストクラブ白陽⑥

食後に黎翔はコーヒーを飲みながら尋ねた。
「夕鈴、今夜は暇なの?」
「今夜ですか?」
夕鈴は紅茶のカップに手を添えたまま考える。
予定なんて勿論無い。けれども正直に暇だと言ったら、また黎翔のペースに巻き込まれるのではないかと懸念する。
「え、と。何故ですか?」
「お店に、遊びに来ない?」
にっこり笑う黎翔に、夕鈴は溜息混じりに
「なんだ…営業ですか」
と言ったが、黎翔は意外そうな顔をした。
「営業なんかじゃないよ。夜も夕鈴と過ごしたいだけだよ」
「はい?」
「流石にお泊りデートはまだ早いでしょ?」
にこやかに爆弾発言をする黎翔に、夕鈴はカァッと顔を赤らめた。
「な、なな何で!?お泊り!?」
「好きな子と、ずっと一緒に居たいって思うのはおかしな事かな?」
不思議そうに首を傾げる黎翔を見て、夕鈴は何も言う事が出来ず口をパクパクとさせた。
「ね、遊びに来てよ」
「で、でも帰りが…遅い時間に一人で帰るのは危ないので」
やっとの思いで断る口実を見付けたと思った夕鈴だったが、黎翔はあっさりと
「じゃあ送って行くよ」
と微笑んだ。
「え?お店の終了時間まで居なきゃいけないんですか!?」
「夕鈴の好きな時間に帰って良いよ?その時間を休憩時間にしてもらうから」
どう言えば断れるのかしらと夕鈴は考え込んだが、眉根を寄せているその顔を見て、黎翔が心配そうな声で言った。
「――迷惑、だったかな?」
「…え?」
「夕鈴は、僕の事キライ?」
しゅんとしてしまった黎翔に、夕鈴は慌てて答える。
「きっキライとかじゃないですよ!?」
「じゃあ好き?」
ボフッと一気に顔を赤らめた夕鈴を見て、黎翔は夕鈴の髪を一房指に絡めると、妖艶な笑みを浮かべた。
「――良かった。嫌われてなくて…」
チュッと音を立てて髪に口付けし、スルリと髪を放すその表情や指の動きを、夕鈴は呆気に取られたまま見つめていた。

店は7時からだから好きな時間に来て、と黎翔に言われた夕鈴は、カップの中の紅茶に目線を落とした。
「夕鈴?」
「…やっぱり、行けません。一人でお店に入る勇気ないし…」
「――じゃ、一緒に行く?」
夕鈴が目を上げると、黎翔は口角を上げ静かに微笑んでいた。
「駅で待ち合わせしようよ。僕、夕鈴と一緒に行きたいな」
「一緒に、ですか?」
にこにこと笑う黎翔を見ていると、夕鈴は一回くらいなら良いかしら、と思えて来た。
「じゃあ、今夜7時に駅の北口で待ってるよ」
「――はい」
小さく頷いた夕鈴に、黎翔は本当に嬉しそうな笑顔を向けた。

店を出る時になって、夕鈴が財布を出そうとすると、黎翔がその手をやんわりと止めた。
「僕に払わせて?」
「そんな、悪いです。自分の分は払います」
黎翔は少し困ったように微笑み
「じゃあ、次は夕鈴が奢ってくれるかな?」
と夕鈴に耳打ちした。
レジの前であまりもめるのも店に迷惑だと思った夕鈴は、黎翔の提案に従う事にした。
「分かりました。あの、ご馳走様です」
にこっと笑った夕鈴の、花がほころぶような笑顔に黎翔は見惚れつつも、次のデートの約束が出来た事に薄く笑みを浮かべた。



SNS初出2013年7月16日

ひまわりの日

7月14日は【ひまわりの日】だそうです。
本当に色々な記念日がありますね。



三連休の初日、いつもの週末のように夕鈴が泊まりに来てくれた。
先日メールで約束した通り、夕鈴の水着を買いに二人で街へと出かけた。
ビキニを買うのを阻止しようと思っていたが、夕鈴が選んだのは控え目なワンピースの水着だった。
「これ可愛いですよね」
「ん~着てみなきゃ分からないけど…試着する?」
僕の言葉に、夕鈴の頬が赤く染まった。
「し、試着したら、黎翔さん見るんですか?」
「もちろん」
にっこり笑って答えたら、夕鈴の頬が益々赤くなった。
「じゃ、試着して来ますね」
恥ずかしそうに試着室へ入る夕鈴を見送り、その近くで待つ。
周りの女性達の視線が痛いけど、夕鈴の水着姿を見る為なら我慢も出来る。
「あ、あの…着てみました」
カーテンをほんの少しだけ開けて、顔を出した夕鈴に僕はクスッと笑い首を傾げる。
「見せてくれなきゃ感想も言えないよ」
「や、やっぱり見せなきゃダメですか?」
恥ずかしがりながらも、体が見えるようにカーテンを開けてくれた夕鈴の水着姿を眺めた僕は、笑顔のままでハッキリ言って後悔した。
「に…似合います?」
「うん。似合うけど、もう少し可愛いタイプも良いかもね」
飾りの少ないワンピースの水着は、体のラインがはっきり分かる。
華奢なウエストとか柔らかそうな胸の膨らみとか、まろやかな腰のラインとか…
――今日はティッシュを持ってたかな。
僕は試着室の側に並んでいる水着の中から、胸元と腰回りにフリルが沢山付いている水着を手にすると夕鈴に渡した。
「これも試してみて?」
「…はい」
再び閉まったカーテンを眺めながら、僕は安堵の溜息を漏らした。
危ない、こんな所で鼻血なんか出したら一瞬で変質者扱いだ。
「…これ、どうですか?」
「あ、さっきの水着より似合うよ」
カーテンを開けた夕鈴を見て、僕は心からの言葉を口にした。
「じゃあコレにしようかな」
にこっと微笑んだ夕鈴はすごく可愛くて、人前でなければ今すぐ抱き締めたいほどだった。

レジに水着を持って行く途中、夕鈴がふと足を止めた。
視線の先には髪飾りや、様々なアクセサリーが並んでいた。
「…これ、ブレスレット?」
「アンクレットですよ」
笑いながら言う夕鈴に、僕はどう違うのだろうかと考えた。
「欲しいの?」
「いえ、こっちのシュシュが可愛いなって」
シュシュ?と疑問に思いながら目をやると、花飾りが付いた、何かくしゃくしゃした布で出来た物が並んでいた。
「水着の時に、髪をポニーテールにしようかなと思って」
「――それは良いね」
普段、髪を下ろしている夕鈴のポニーテール姿…
あぁ、夏って良いな。
僕は夕鈴が選んだシュシュも水着と一緒にレジに持って行った。

店からの帰り道、歩きながら僕は尋ねた。
「さっきのシュシュに付いていた花ってひまわりだった?」
「そうですよ?いかにも夏って感じがして、好きな花なんです」
「何となく夕鈴に似てるよね。元気いっぱいで」
笑いながら言う僕の目線の先には、一軒の花屋。
「本物を売ってるけど…買って行く?」
「え?良いんですか?」
花屋に入ると、ふわりと良い香りに包まれる。
ケースの中には薔薇や百合といった、華やかな物が並んでいる。
ひまわりはケースの手前に並んでいる、バケツの一つに活けられていた。
掌くらいの大きさのひまわりは、まるで顔をこちらに向けているようだった。
「いらっしゃいませ」
店の奥から、エプロンを着けた店員が出てきた。
「このひまわりを、全部下さい」
「え、全部!?黎翔さん!?」
夕鈴が驚いて僕を見上げるけど、全部と言っても5~6本だ。
「好きなんでしょ?」
「好きですけど…邪魔になりません?」
遠慮がちに言う夕鈴に、僕は目を細め囁く。
「夕鈴が好きな物なら、僕も好きだから気にならないよ」
赤い顔で上目遣いにはにかむ夕鈴の頬を撫で、髪を梳く。
その間にも店員は、てきぱきと花を見映え良く整え、黄色い紙で包んでから透明なセロファンで包んだ。
そして黄色いリボンを結びながら、にこにこと話し掛けてきた。
「ひまわりの花言葉、ご存知ですか?」
「――いいえ?」
「いくつかあるんですけどね『あこがれ』『熱愛』そして『私の目はあなただけを見つめる』なんて言うのもあるんですよ」
出来上がった花束を夕鈴に渡しながら、店員はにっこり笑った。
「仲の良いお二人にぴったりですね」
僕は思わず夕鈴と顔を見合わせた。
「――確かに、僕にぴったりな花だな」
「わ、私だって、その…」
真っ赤な顔で俯いた夕鈴の肩を抱き
「早く帰ろうか」
と僕は夕鈴の耳元で囁いた。
マンションに帰ったら、もう一度あの水着を着てもらおうと考えながら。



SNS初出2013年7月14日

北の地で④

それから二人は巻物を広げ、薬草の薬効や毒草の解毒方法について話し合った。
一口に毒草と言ってもその『毒』は多種多様で、腹を下す様な軽い物から意識障害を起こす物、果ては呼吸困難を起こさせ死へいざなう物まで様々だった。
そして李順が目を留めたのは、巻物の最後に記されていた毒草。
「黎翔様、こちらは解毒方法が書かれていませんね」
「…無いから」
李順は驚き、横に書かれた説明を読む。
生えている場所、葉や花の特徴に続き記されていた一文には『摂取後、二呼吸ほどで絶命』とあった。
「これは…」
こんな強力な毒草が、自分の良く知るこの地にあるのか、と李順は背筋が寒くなった。
「新芽が食用の野草と似ているのですね」
説明を読み、李順は納得した様に呟く。
「――誤食を装える」
小さく頷く黎翔に、李順は努めて明るい声で言った。
「新芽は春にならないと出ません。今は冬、しかもこの地の冬は長いですから」
「でも春には芽が出る――覚えておかないと」
ポツリと言った幼い黎翔の言葉に重い物を感じた李順は、もう一度その毒草の特徴を読み直した。

――今が冬で良かった、と李順は思った。
もしも季節が春なら毒草の新芽が、夏なら食中毒を思わせる食材が、秋なら一見しただけでは分からない毒キノコが食事に紛れ込むかもしれない。
「――黎翔様、昼餉は私が毒見を勤めさせて頂いておりますが、朝餉と夕餉はどなたが?」
「僕付きの侍女」
李順はしばらく何かを考えるように目線を落としたが、思い切った様に顔を上げ黎翔に提案した。
「黎翔様、私をここに住み込みとして置いて頂けませんか?」
黎翔は目を瞠り李順の顔を見た。
「――何故?僕に取り入っても何も無いよ」
その暗い瞳は、李順が毒見役を申し出た時と同じ物だった。
「…世の中、損得だけで動く人間ばかりではありませんよ?」
「もし、命を落としたら?」
李順は目を細め、薄く笑った。
「そうならない様に、これから学びます」
「――母上が悲しむぞ?」
「私は父母共に、もうこの世にはおりません」
李順が静かに告げた言葉に、黎翔は目線を泳がせた。
「家の為ではないのか?何の為に命を懸ける?」
「――貴方の為、ですよ」
黎翔はぐっと唇を噛み締め俯いた。
「僕は、何も与えられない」
「――はい」
「褒美を与えてくれと父上に進言も出来ない」
「はい」
黎翔はゆっくり顔を上げ、真っ直ぐに李順の瞳を見た。
「それでも、か?」
「はい、黎翔様」
途端に黎翔の瞳から涙が零れた。
自分を見つめたままで、ボロボロと涙を流す黎翔に苦笑した李順は、黎翔をそっと抱き締め頭を撫でた。
「貴方という方は、泣き方もご存知ないのですか?」
「な…き方?」
李順は軽く黎翔の背を叩きながら話す。
「――王子とは言え、貴方はまだ子供です。声を上げて泣いたとしても、誰にも咎められませんよ?」
黎翔は李順の胸元をぎゅっと握ったかと思うと、しゃくり上げながら、わあっと泣き出した。
「はっ、母上を、父上に代わって、守るって…!!」
「…国王と約束されたのですか?」
黎翔は李順の胸に顔を付けたまま頷いた。
「誰も、味方はいない…周りは敵だってっ」
――貴方は感情を殺してまで、お妃様を守る『大人』になろうとしていたのですか。
李順は自分に縋り付き、声を上げて泣き続ける小さな黎翔の背を、優しく撫でさすった。
――まるで、私が伯父の家で出来るだけ『大人』でいようとした様に。
初めて会った時から、感情を表さない王子だと思っていた。
もしかしたら自分は気に入られていないのでは、と不安にもなった。
だがそれは、常に周りを警戒していたから。
油断をすると命を落とす、そんな世界にいたのかと李順は黎翔のこれまでを思い、眉根を寄せた。

どれくらいそうしていただろうか、気付くと黎翔は李順に凭れかかり寝息を立てていた。
――泣き疲れてしまわれましたか。
李順は黎翔を寝台へと運ぶ為に、その体を抱き上げた。
――軽い…
この小さな体で、懸命に一人で立ってお妃様を守ろうとしていたのかと、李順は胸が苦しくなった。
寝台に黎翔を寝かせ上掛けをそっとかけると、李順は寝ている黎翔に深く礼を執り、起こさないように小さく囁いた。
「この李順、貴方の右腕として恥ずかしくないように精進して参ります」
そして顔を上げた李順の表情は、これまでに無いほど晴れ晴れとした物だった。



SNS初出2013年7月12日
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『狼陛下の花嫁』の二次創作小説がメインです。

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