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Una rosa per te[番外編]

「夕鈴、海は好き?」
切っ掛けは黎翔のこの一言だった。そして今、黎翔と夕鈴はクルーザーに2人きりで乗っている。
沖へと滑るように走るクルーザーの上は、少し肌寒い潮風が心地好いと夕鈴は目を閉じ思った。
やがてクルーザーは速度を落とし、海原のただ中に停まった。空も海も青く、海面はキラキラと太陽の光を反射してまばゆいばかりだ。

コックピットからデッキに出て来た黎翔は、夕鈴を後ろから抱き締め髪に顔を埋める。
「夕鈴、寒くない?キャビンに入る?」
「いいえ、気持ち良いですよ?」
振り返りニッコリ笑う夕鈴の耳に口付けしてから体を離した黎翔は、キャビンに入りグラスを2つ持って来た。
「喉渇いたでしょ?」
「あ、お酒は…」
眉根を寄せた夕鈴を見て黎翔はクスリと笑った。
「そう言うと思って、ペリエだよ。僕も運転中だし」
ホッと安心した夕鈴は黎翔からグラスを受け取った。細かい泡が弾ける透明なペリエの中に、カットしたライムが浮かんでいる。
一口飲んだ夕鈴は、ライムの爽やかな酸味と香り、ペリエの柔らかく舌を刺激する泡に目を瞠り、美味しい、と呟いた。
「場所が変わると味わいもまた違うだろう?」
黎翔の言葉に夕鈴は頷きながら、またグラスに口を付けた。
「黎翔さんと一緒だから、余計に美味しいのかも」
はにかんだ微笑みを向ける夕鈴に、黎翔は手を伸ばし顎を捕える。
「夕鈴…僕がキスしようとすると、君はいつも恥ずかしいと言って逃げるけど、ここなら周りに誰もいないよ?」
囁く様に言われた夕鈴が周りを見ると、確かに遠くに陸地や島影は見えるが人はいない。
黎翔がゆっくりと夕鈴に近付くが、夕鈴は顔を背け黎翔の指から逃れた。
「そっ…そういう事は恋人同士じゃなきゃしちゃいけないんですっ」
真っ赤に染まった顔で言う夕鈴に、黎翔は驚いた様に目を瞠った。
「えーと…つまり僕達は恋人同士じゃない、と?」
言われた夕鈴はキョトンとした顔で黎翔を見返している。
「違いますよね?私、お断りしましたし…」
「――夕鈴は僕の事、どう思っているのかな?」
溜息混じりに聞かれた夕鈴は、首を傾げ少し考えた。
「…美味しい物をご馳走してくれますし、こうして色んな場所に連れてってくれますし…いい人、ですよね」
黎翔はその答えにたまらず吹き出した。
「マフィアのドンをいい人呼ばわりとは…じゃあ僕は夕鈴の足長おじさん?」
「おじさんじゃ失礼ですし…足長お兄さん?」
上目遣いに見上げる夕鈴の言葉に、黎翔は声を立てて笑った。
「本当に、君といると退屈しないよ」
「どういう意味ですか!?」
まだクスクス笑いながら言う黎翔を睨み、夕鈴は頬を膨らませた。
「こんな風に笑うのも久しぶりだ…夕鈴、君だけが僕を笑顔にさせる」
黎翔はスッと夕鈴の髪を一房、指に絡め
「君は気まぐれな愛の天使かい?」
と囁き髪に口付けた。瞬時に耳まで赤らめた夕鈴が、黎翔に声を荒げる。
「何でそういう恥ずかしい事を言うんですかっ!!」
「――思ったままを言っただけだが?」
ニヤリと笑う黎翔を見ながら、相変わらず理解不能な人だわと夕鈴は溜息を吐いた。

黎翔は夕鈴の髪をもてあそびながら、思い出した様に言った。
「さっき美味しい物と言っていたね…今度は少し遠い所にご馳走を食べに行こうか?」
「遠い所、ですか?」
探るような夕鈴の瞳に、黎翔は口角を上げた。
「変わった物が食べられるかもしれないよ?」
夕鈴はしばらくの間考え込んでいる様だったが、黎翔の
「青慎君にも、美味しい物を持ち帰り出来るよ?」
の一言であっさりと
「行きます!」
と答えていた。その答えを聞いた黎翔の意味ありげな微笑みに、夕鈴は何故か背筋に冷たい物を感じ、引きつった笑顔を返した。



SNS初出2013年4月10日
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Una rosa per te[ナポリ編]⑩【完】

「――オマエこんな所で何してんだよ」
「アンタこそ」
ナポリの繁華街、人が多く行き交う場所で几鍔と夕鈴は睨み合っていた。
「オレは仕事中だ…オマエあれから何も無いのか?」
「何も?…無い様な、有る様な…」
歯切れの悪い夕鈴の言葉に几鍔が訳を尋ねようとすると、夕鈴の後ろに良く知った人物が立った。
「夕鈴、待たせてすまない」
言いながら真っ赤な薔薇の花束を夕鈴に手渡す。
「黎翔さん…」
「私の君への思いは、この薔薇より赤く燃えている…ああ、薔薇達も君の愛らしさの前には何の魅力も無いな」
几鍔は露骨に嫌そうな顔を黎翔に向けた。
「珀黎翔、こんな所で何やってんだ?」
「やあ几軍曹、私とドルチェの甘いひとときを邪魔しないでくれないか?」
几鍔は眉間にシワを寄せ、ますます嫌そうな顔をした。
「夕鈴、オマエこいつの女になったのかよ」
「ちっ違うわよ!!ただ時々一緒に食事したり、あちこち連れてってもらったりしてるだけよ!!」
むきになって反論する夕鈴を見て、几鍔は頭を掻きながら言った。
「あー…取り敢えずそれは置いといて『仕事』するか」
黎翔はニヤリと笑って素早く夕鈴を抱き上げた。
「几軍曹、また会おう」
走り出した黎翔の背中に、几鍔が声を張り上げる。
「あっ!こら待ちやがれっ!!」


「…まったく何をしているのやら」
少し離れた隠れ家から、スコープを覗いていた李順が溜息混じりに呟く。
「ま、たまにはいーんじゃねーの?」
隣では浩大がパニーノにかじり付きながら、ニヤニヤ笑っていた。



その頃、遠い北の地では。
「紅珠、それは?」
「お姉様のお洋服ですわ。これを返すのを口実に、またお会い出来ないかしら…?」
氾史晴はキラキラした瞳でうっとりと語る娘に絶句し、ソファーにもたれかかった。
そのソファーの後ろを歩きながら水月は
「やっぱりアイーダは何回観ても良いね」
とオペラのパンフレットを眺めている。史晴は軽く頭を振り遠くを見つめた。



「夕鈴、私のものになる決心はついたか?」
夕鈴を抱き抱えたままで、人混みをすり抜ける様に走りながら黎翔が尋ねる。
「わ、私は私ですっ誰のものでもありません!」
夕鈴が、抱える薔薇の花束と同じ色に頬を染め答えた。
「それでこそ私の夕鈴だ」
楽しげに笑いながら、黎翔は再び尋ねる。
「今日はどこへ行きたい?可愛らしいお姫様」
その妖艶な横顔に見惚れながら夕鈴は囁いた。
「どこへでも…」
――あなたと一緒なら、どこまでも――



SNS初出2013年4月8日

Una rosa per te[ナポリ編]⑨

遠くから、車のヘッドライトが近付いて来る。皆が立っているその目前に停まった車の運転席には、李順が乗っていた。
几鍔は車を覗き込む様に身を屈めると
「相変わらず良い腕だな。読唇術まで使えるとは知らなかったぜ」
と李順に言ったが、李順はフッと笑い
「何の事ですか?」
と静かに答えた。夕鈴を抱いたままの黎翔と浩大が車に乗り込むと、黎翔はからかう様に几鍔に言った。
「几軍曹も乗るか?」
「俺はバイクで帰る」
素っ気ない態度で答える几鍔に、黎翔はニヤリと笑い付け加えた。
「夕鈴は家まで送るから心配しないでくれ。それから、氾水月が向かったのがミラノなら問題はない」
「あぁ?」
几鍔が理由を聞こうとした時には、車は走り去っていた。
黎翔の言葉が気になった几鍔は、自分の部下と連絡をとった。
「氾水月の動きはどうだ?」
「あーそれが…ミラノのスカラ座でオペラ鑑賞してます」
黎翔が言ったのはコレか、と几鍔は溜息を吐いた。
「接触した人間は?」
「いません」
「…無駄骨かもしれねぇな」
几鍔は小さく呟き通話を切った。


「あっ!!」
暗い道を走り続ける車の中で、夕鈴が突然声を上げた。
「私、紅珠にこの服返さなきゃ」
今夕鈴が着ているワンピースは、紅珠から着せられた物だった。
「返さなくても良いだろう。迷惑料として貰ったらどうだ?」
黎翔の言葉に、夕鈴は唖然とした。
「だっ、だってコレ高いんですよ!?」
「氾は気にしてないだろうし、夕鈴にとても似合っている。まるで春の女神だな」
そういう問題ではないと思いつつも、返す方法も分からないしと夕鈴は溜息を一つ吐き諦めた。
「――夕鈴はナポリの夜景を見た事はあるか?」
「え?いいえ…そう言えば、ちゃんと見た事って無いですね」
「李順、ポジリポの丘に向かってくれ」
黎翔の指示に李順は眉間にシワを寄せ、浩大は楽しそうに笑っていた。


丘の上に黎翔と夕鈴が到着した時、他には数人の姿があるだけだった。
「うわ~綺麗ですね」
2人の目に映るのは黒い海と、それに面した街並みのまばゆいばかりに煌めく灯り、そして遠くにはベスビオ山のシルエット。
よく見ると港には多数のヨットが停泊しており、ライトに照らされた白いヨットと黒い海とのコントラストが美しい。黒く見える海も場所によっては街並みの灯りを反射して、その海面は輝きを放っている。
「本当に美しい夜景だな…君の瞳の煌めきにはかなわないが」
夕鈴は頬を染め、黎翔に尋ねた。
「こんなに綺麗な夜景って、他にもあるんでしょうか?」
「――以前見た香港の夜景は美しかったな」
黎翔は、夕鈴の髪を一房指に絡ませながら答える。
「香港ですか…行ってみたいですね」
「――本当に?」
黎翔が髪に唇を寄せた。
「夕鈴、君が望むならどこへでも連れて行ってあげよう……私は君の翼だ。好きなように使えば良い」
「まっまたそんな冗談ばかり言って」
怒った様な口調の夕鈴に、黎翔は艶然と微笑んだ。
「冗談ではない。私は君を愛している」
「あ…愛?」
耳まで赤く染めた夕鈴を抱き締め、黎翔は囁く。
「…私のためだけに咲く薔薇になってくれないか?」
「黎翔さんは……マフィアのドンです。私とは住む世界が違います」
夕鈴は黎翔の胸をそっと押しやり、その腕から逃れる。
「――ナポリではマフィアなんて、どこにでもいる」
「でも黎翔さんは、そのトップにいる方です…私には無理です」
泣きそうな顔の夕鈴に、黎翔は戸惑った。確かに自分はトップの座にいる人間だ。辞めようと思っても、そう簡単に縁が切れる世界ではない。
「どうすれば、君を手に入れられる?」
「――無理、なんです」
夕鈴の目から大粒の涙がこぼれ落ち、黎翔は指でそれを優しく拭った。
「ここはヴェローナではないというのに…まるでロミオとジュリエットだな」
「ご…ごめんなさい」
「君が謝る事はない」
次々あふれる涙を、黎翔は唇で拭う。
「――泣くほど、私が嫌いか?」
「…っき、嫌いじゃないから困るんです」
黎翔は軽く目を瞠り、夕鈴をそっと抱き締めた。
「だったら、恋人じゃなくても良い…せめて、私の側で咲いていてくれ」
夕鈴は返事をする代わりに、黎翔の腕の中で小さく頷いた。



SNS初出2013年4月7日

Una rosa per te[ナポリ編]⑧

「珀、黎翔……」
史晴は静かな声で呼び掛けた。
「貴方の大切な方が、私の手の内だという事を忘れていませんか?」
「手の内、か…」
黎翔が薄く笑ったのを見て史晴が眉根を寄せる。
ガシャーンと隣の部屋から何かが割れる音が聞こえ、史晴がそちらに顔を向けた。
「動くな」
黎翔の冷たい声に、史晴はゆっくりと視線を黎翔に戻した。
「取引といこうか…お前と娘の命は助けてやる」
その代わり、と黎翔は続ける。
「イタリアは諦めてもらおう。そして私の宝にも二度と手を出すな」
静かな、しかし怒りのこもった黎翔の声に史晴はかすかに微笑み、溜息を漏らした。
「あのお嬢さんが貴方の弱点かと思ったのですが……逆鱗でもあったようですね」


その頃、隣の部屋では窓を割って入って来た浩大に、紅珠が太もものガーターに隠していた銃を取り出し対峙していた。
「へ~デリンジャーかぁ。お嬢さん趣味イイね」
明るく言う浩大に、紅珠は背に夕鈴をかばったまま銃口を向け微笑む。
「私、あまり射撃は得意ではありませんの。ですから、どこに当たるか分かりませんわよ?」
「当たるかな?」
浩大はニヤッと笑うと2人のもとに、真っ正面から駆けていく。紅珠の持っている小さな銃がパンッと音を立てた時には、その腕は浩大に掴まれ首筋に手刀を当てられていた。
崩れ落ちる紅珠の姿を見た夕鈴が浩大に殴りかかったものの、その拳を難なく浩大に掴まれてしまう。
「おっと、オレは味方だよん。珀黎翔ってキザな男知ってるデショ?あの人の部下だから」
「え…黎翔さんの…?」


ドアの鍵が開く音がして、史晴、黎翔、几鍔の3人がそちらを見ると、浩大に促され夕鈴が出て来た。
「夕鈴、無事か?」
几鍔の声に夕鈴は頷き、史晴に目を向け言った。
「あの、紅珠はソファーに寝かせてありますから」
「そうですか…では私達も紅珠が起きましたら失礼させて頂きましょう……ロシアへ」
史晴はソファーに腰を降ろすと黎翔に苦笑を向けた。黎翔もまた冷たい笑みを返し、おもむろに夕鈴を抱き上げた。
「きゃっ、自分で歩けますっ」
「――靴が汚れる」
黎翔に運ばれつつ周りに目をやると、体のあちこちから血を流した男達が何人もうずくまっていた。
「あ…あの人達、大丈夫なんですか?救急車とか…」
「君がその美しい心を痛める必要はない」
2人の後ろから、几鍔が嫌そうな声で尋ねる。
「そう言えばオレが言うのも何だが…あいつはあのまま逃がして良いのかよ?」
「ああ、史晴を殺るとファミリー同士の抗争になる。あそこの長男とはなるべく争いたくないからな」
几鍔は頭を掻きながら呟いた。
「氾、水月か…」

建物の外に出た黎翔は、几鍔を振り返り
「今日は逮捕しないのか?」
とニヤリと笑った。几鍔は一瞬目を丸くしたが
「オレは今、非番なんだよ」
と目を逸らした。
「まったく、このバカ女が勝手に動くから」
「ちょっと、私が何なのよ!?」
几鍔は黎翔に抱き上げられたままの夕鈴を見て、溜息を吐いた。
「お前が走って行った後、何かあると思って応援を要請したんだがな、氾水月がイタリア入りしたとかで逆に呼び付けられそうだったから、休みを取った」
「ああ、それでわざと捕まったのか」
黎翔がニヤリと笑いながら言う言葉に、几鍔が答える。
「自分から入ったら家宅侵入になるだろ?」
「アンタ馬っ鹿じゃないの!?なに休み取ってまで危険に頭突っ込んでんのよ!!」
「危険に頭突っ込んでんのはオマエもだろーが」
呆れた様に言う几鍔に、夕鈴は言葉を詰まらせる。
「几軍曹、夕鈴を責めないでくれないか?彼女は私のせいで巻き込まれただけだ」
「――また巻き込まれる可能性があるんじゃねぇのか?」
睨み付ける様な几鍔の視線に、黎翔は細めた目を向ける。
「いや、大丈夫だろう。『Поток』を退けたと分かれば、手向かうファミリーなど……香港くらいか」
「やっぱりいるんじゃねーかよ」
チッと舌打ちした几鍔に黎翔は穏やかな声で言った。
「いや、あのファミリーは大陸を渡ってまで危険を冒す事はしないだろう」
「…だといいがな」
黎翔の腕の中で夕鈴は知らず体を強張らせ、それに気付いた黎翔は腕の力をより一層強め夕鈴を自分に抱き寄せた。



SNS初出2013年4月6日

Una rosa per te[ナポリ編]⑦

黎翔は一度、周りを見回してからソファーへと座った。
「――話とは?」
「率直に言いますと、貴方のファミリーが欲しい、と言う事です」
史晴は微笑みを絶やさず言うが、その雰囲気は先程までのものとはまるで違っていた。史晴と黎翔、向かい合う2人の間に目には見えない火花が散っている様に思えて、夕鈴は身をすくませた。
「――私がそんな冗談を受け入れるとでも?」
「冗談、ですか」
史晴はクスッと笑うと黎翔に、目だけは笑っていない笑顔を向け話を続ける。
「ご存知の通り我々は、南にも手を伸ばしたいのですよ。ところがイタリアは貴方の縄張り。そこで貴方をぜひ、我々の幹部にお迎えしたいのです」
「――ロシアンマフィアの傘下に入る気は無い」
黎翔の冷たい眼差しにも怯む事なく、史晴は笑顔で何事かを考えている。
「話がそれだけなら帰らせてもらう……彼女の門限があるからな」
黎翔にチラリと見られ、夕鈴はドキンと心臓が跳ねた。
黎翔がソファーから立ち上がった時、控えていた男の1人が史晴に何か耳打ちした。
「ほう…貴方のお友達がいらした様ですよ?」
史晴の言葉に黎翔が怪訝な視線を向けると、ドアが開き2人の男が入って来た。1人は史晴の手下、そしてもう1人は
「几鍔!?」
夕鈴が驚きの声を上げ、紅珠が不思議そうな顔を向けた。
「お姉様、ご存知の方ですの?」
「え?ええ…」
「お姉様の本命はどちらの方ですの?」
「ええ!?」
そんなやり取りを見ながら几鍔はチッと舌打ちし、黎翔は口角を上げて几鍔に話し掛けた。
「几軍曹、君も招待されたのか?」
「てめぇはふざけてんのか!?マフィアのドン同士が密会と聞いて来たんだよっ」
「で、捕まったのか?…わざとだろうがな」
几鍔はそれには答えず、フンと小さく笑った。几鍔と黎翔の会話を黙って聞いていた史晴は、穏やかに微笑み口を開いた。
「交渉決裂…お友達と一緒なら、旅立ちも寂しくありませんでしょう?」
周りの男達が一斉に銃を取り出す。史晴は紅珠に目をやると
「あぁ、紅珠は部屋から出ない様に。いいね?」
と微笑み、紅珠は夕鈴の手を掴むと隣の部屋へ入りドアの鍵をかけた。
「紅珠!?」
「お姉様、出来るだけ部屋の奥へ」
夕鈴は真剣な顔の紅珠に手を引かれたまま、一体どうなるのだろうかと鼓動が速まるのを感じていた。


「さて、残念ですがそろそろお別れです。何か言っておきたい事でも?」
史晴の楽しげな微笑みを見ながら、黎翔が口を開いた。
「――そうだな、一言だけ……李順」
黎翔の言葉と同時に窓ガラスが割れる音がし、几鍔を押さえていた男がうめき声を上げて倒れた。周りの男達の視線がそちらに向いた隙を付いて、黎翔が横にいる男のみぞおちに肘をめり込ませる。と同時に几鍔が脇の男の顎を蹴り上げ、男が倒れる際に銃を奪った。
黎翔もホルスターから銃を抜き史晴に向ける。
「…周りには建物も無いのですがね…一体どこから」
後退りながら言う史晴に黎翔は目を細める。
「丘があるだろう?」
「…まさか、あんな遠くから!?」
その史晴の疑問に答える様に、また窓ガラスが割れ男が1人倒れる。それでもまだ男達に囲まれた状態の几鍔と黎翔は、自然と背中合わせとなり銃を構えた。
「まさかオマエと協力する羽目になるとはな」
「今だけの共同戦線だ…そうだろう?」
2人は同時にニヤリと笑い周りの男達を睨み付けた。男の1人の手がかすかに動いたのが合図の様に、几鍔と黎翔2人の銃声が響く。黎翔の銃から排莢する音がした時には、2人の周りに立っていられる男はいなかった。皆、肩や足を撃ち抜かれている。
「オマエ…マグナム弾使ってやがるな。しかし殺さねぇあたりは流石だな」
几鍔が頭を掻きながら呆れた様な声で言い、黎翔は弾を込めながら笑みを浮かべる。
「几軍曹の前で人を殺すはずないだろう?」
「ぬかせ」
そして2人が同時に目を向けたのは、危機的状況にもかかわらず穏やかに微笑んでいる史晴の姿だった。



SNS初出2013年4月5日
プロフィール

*へもへも*

Author:*へもへも*
『狼陛下の花嫁』の二次創作小説がメインです。

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