FC2ブログ

いい夫婦の日

11月22日は『いい夫婦の日』だそうです。



「陛下、お帰りなさいませ」
いつもの様に夕鈴は微笑み、黎翔を出迎えた。
黎翔はそんな夕鈴のにこやかな顔を見つめた後、おもむろに夕鈴を抱き締め、無言で目を丸くする侍女達を下がらせた。
「――背中が寒い」
ポツリと耳元で呟いた黎翔を、夕鈴は驚いた顔で見上げた。
「いかがなさいました?」
「多分、風邪かな」
まるで他人事の様な黎翔の物言いに、夕鈴は声を荒げた。
「何で体調悪いのにいらっしゃるんですか!?」
「可愛い妃を、たかが風邪くらいで放っておけと?」
「と、とにかく早く温かくしてお休みください!」
夕鈴は黎翔を両手で押し退けようとしたが、黎翔は薄く笑んだだけで放す気は無いらしい。
「一緒に休んではくれぬのか?」
「風邪が余計にひどくなったら困ります!」
黎翔はくすりと笑うと夕鈴に回していた腕を解き、代わりに夕鈴の長い髪を指先にくるりと絡め始めた。
「少しくらいの風邪で、今日会えないのは嫌だったし……」
「しょうがないじゃないですか。誰にでも体調が悪い日くらいありますよ?」
指先の夕鈴の髪に唇を付けてから、黎翔は尋ねた。
「世の中では今日が何の日と言われているか、知ってる?『いい夫婦の日』なんだって」
「……てっきり、陛下はそういう事には興味がないと思っていましたけど……よくご存知でしたね」
半ば感心したような口調で夕鈴が言うと、黎翔は軽く溜息を吐いた。
「寝起きに老師が部屋に来てね。今日はいい夫婦の日ですぞ!お妃と共にラブラブな一日を、とか何とか」
「か、勝手な事をっ!大体バイトとラブラブって、一体何を考えているんですかね!?」
「念を押して、李順にも話をつけていた様だよ?早く後宮に帰らせるように言われたって、今日愚痴をこぼしていた」
苦笑しながら言う黎翔に、夕鈴は面白くなさそうな顔を向けた。
「楽しんでません?老師って……もしかして、それで陛下は体調が悪いのに無理していらしたんですか?」
「風邪って言っても、ひき始めくらいだし……それに、僕が夕鈴に会いたいから来たんだよ」
近い距離からじっと見つめられ、夕鈴は一気に顔が熱くなった。
「夜はもう冷えますし、あまりご無理なさらないでください」
「いい夫婦、か――夕鈴は、どんな夫婦がいい夫婦だと思う?」
夕鈴は赤い頬を袖で隠しながら、しばし考えた。
「うーん……そうですねぇ……私はもうあまり覚えていませんが、二人で一緒にいる時の両親はとても楽しそうで幸せそうで……あんな感じが、いい夫婦なのかなぁ」
「あぁ、成る程ね。じゃあ僕達も、いい夫婦になれてるかな?」
「な、何で!?」
思わぬ一言に夕鈴は驚き尋ねたが、黎翔は赤く染まった夕鈴の頬を撫で静かに答えた。
「出会ってから、僕はずっと楽しいし幸せだからだよ。夕鈴は違う?僕といて楽しくない?」
「い、いえ、そんな事は……陛下と一緒だと楽しい、ですよ?」
黎翔は両手で夕鈴の頬を包み、自分へ向かせると妖艶な笑みを浮かべた。
「良かった。僕だけが楽しいんじゃなくて――そして、夕鈴が僕のお嫁さんで良かった」
「……たとえバイトでも?」
小さな声で問い掛ける夕鈴に、黎翔は一段と笑みを深めた。
「勿論。夕鈴は僕のお嫁さんでしょ?二人とも楽しくて幸せだから『いい夫婦』じゃないかな?」
「何だか上手く言いくるめられてる気もしますが……」
夕鈴はクスッと笑うと、自分の頬を包んでいる黎翔の手に自分の手を重ねた。
「頑張ってお仕事されている『いい夫』の陛下に、今から体の温まる薬湯でもお淹れしますから、座ってお待ちくださいませ」
「――せっかく風邪から話題を逸らしたのに」
「苦くない薬湯ですから、それを飲んだら今日は早くお休みください」
黎翔の腕から逃れ、クスクス笑いながら薬湯の準備を始める夕鈴の後ろ姿を見ながら、黎翔は微笑み長椅子に腰を下ろした。
「一緒に寝てくれたらすぐに治るよ」
「……よろしければ苦い薬湯もお作りしましょうか?」
お妃スマイルでにっこりと笑いながら、薬湯の入った茶杯を手渡す夕鈴に黎翔は完敗だな、と苦笑した。



…実はしりとり⑫です。
SNS初出2014年11月23日
スポンサーサイト

しりとり⑪

夕鈴がいつもの様にお茶を淹れ黎翔の前に置いた時、黎翔は菓子を手にし、しげしげと眺めていた。
「お菓子が何か?」
「――考えていたんだけど…」
言った後、黎翔は手にしていた菓子を口に入れた。
「どうされました?」
首を傾げた夕鈴に、黎翔は目を向け
「たまには、しりとりしない?」
と尋ね、夕鈴は持っていた茶杯をあやうく落としそうになった。
「い、一体何を!?お菓子と関係ないじゃないですか」
「――菓子が食べたいなと思って」
黎翔が呟くように言った言葉に、夕鈴は益々首を傾げた。
「手にされてましたよね?今」
「まずまずの味だけどね、夕鈴の手作りが食べたいんだ」
「だって、簡単な物しか作れませんよ?」
料理人が作った菓子を食べ慣れている黎翔が、満足する様な物が作れるだろうかと夕鈴は焦った。
「よく作った菓子とかで良いんだけど」
「ど、どうして私の手作りが良いんですか?」
頬を染め問い掛ける夕鈴に、黎翔は
「可愛いお嫁さんの手作りを食べたいと思うのは、当然の事でしょ?」
とにこにこと微笑んだ。夕鈴は眉根を寄せ苦笑すると
「しょうがないですね。でも本当に簡単なお菓子しか作れませんからね?」
と念を押した。
「ねだった甲斐があったな」
と黎翔が嬉しそうに笑うから、夕鈴もつられて笑顔になる。
そしてふと、一つの疑問が湧いた。
「何でお菓子としりとりが関係あるんですか?」
「勝ったら作ってもらおうと思ったんだ」
小犬の笑みで、尻尾を振りながら言う黎翔に夕鈴は溜息を吐いた。
「駄目なんて言いませんから、食べたい時は仰って下さい」
「いつでも良い?」
「いいですけど…厨房を貸切りに出来れば、ですね」
考えながら言う夕鈴に、黎翔は目を細めた。
「根回しは僕がするから、明日にでも作ってくれない?」
「いいですよ。それでは明日の夜の、お茶うけにお出ししましょうか」
にこりと微笑みながら、夕鈴は黎翔の空いた茶杯にお茶を注いだ。
すると黎翔は不意に夕鈴の手首を掴み、口角を上げ夕鈴を見つめた。
「簡単な菓子と言っていたが、私が喜ぶもっと簡単な物が何か分かるかな?」
「な、何ですか?」
黎翔はニヤリと笑うと、掴んでいた夕鈴の手首を自分に引き寄せ、その指先に口付けた。
「菓子よりも甘い、我が妃自身が私にとって何よりのご馳走なのだが」
目を丸くした夕鈴が、顔を真っ赤にさせる様を楽しげに見ていた黎翔は、今度は夕鈴の手の甲に唇を付ける。
夕鈴は一層顔を赤らめ、口をぱくぱくさせながら、やっとの思いで声を出した。
「が…」
「が?」
からかう様な口調の黎翔に、夕鈴は掴まれている手を引きながら言った。
「が、我慢なさって下さい」
「――意味を理解した上で言っているのか?君は…」
黎翔の瞳が妖しく光った気がしたが、夕鈴はキョトンとした顔で黎翔を見つめ返した。
「私を食べたいという意味では?」
「分かってはいるのだな」
黎翔は夕鈴の顎に指をかけ自分へと向かせた。真っ直ぐ自分を見つめる瞳を覗き込みながら、唇を重ねようとしたその時
「な、何をするおつもりですか!?」
と夕鈴は黎翔の口を手で塞いだ。
「可憐なその唇を味わおうとしただけだ」
「駄目です!!そういう事は本物のお妃様になさって下さい!!」
黎翔は口を塞がれたまま、首を傾げた。
「意味、本当に分かった?」
「た、食べられちゃったら、陛下にお菓子作れなくなっちゃいますっ」
黎翔は目を丸くした後、クックッと笑いを堪えながら楽しげに言った。
「素直だなぁ夕鈴は」
そして夕鈴の掌にチュッと軽く口付けした。
夕鈴は慌てて黎翔の口から手を外すと、真っ赤な顔で語気を強めた。
「わ、私、自分でも最近お肉が付いたかなって思ってたんですけど、まさか陛下に『ご馳走』って言われるとは思いませんでした!!」
黎翔はその言葉を聞き、夕鈴の側に立つとヒョイっと夕鈴を抱き上げた。
「確かに、抱きごこちは以前より良くなったかな?」
薄く笑みながら言う黎翔の腕の中で、夕鈴はじたばたと暴れる。
「な…何てこと言っちゃってるんですかっ!!重いでしょうから降ろして下さいっ」
「嫌だ。抱きごこちが良いと言っただけで、重いとは言っていない」
手を緩めようとしない黎翔を、夕鈴は涙目で睨みながら口を尖らせた。
「意地悪……キライです」
少しだけ頬を染め、夕鈴の顔を凝視していた黎翔の唇が静かに弧を描く。
「――好きにさせてみようか?」
「か、顔が近すぎませんか!?」
再び暴れ出した夕鈴の言葉を無視して、黎翔は夕鈴の額に口付けを落とすと、とても嬉しそうに笑みを浮かべた。
「可愛らしい妃の言葉と表情に煽られてしまった」
そして夕鈴を抱き抱えたまま、足を寝所へと向ける。
「た、た、頼みますから降ろして下さいっ」
「いいよ」
あっさり言った黎翔は、夕鈴を寝台の上に降ろし自分も寝台に上がった。
「よ、良くないです!!何で陛下まで寝台に!?」
慌てて起き上がろうとする夕鈴の肩を押さえた黎翔は、夕鈴の背に腕を回し共に横になった。
「忍耐力も限界なんだけどね」
「――眠いんですか?」
気遣うように尋ねる夕鈴に、黎翔はクスクスと笑みをこぼした。
「かなわないなぁ夕鈴には…」
「?私、何かしました?」
訳が分からない、といった様子の夕鈴を抱き締め直し、黎翔は夕鈴の耳元で囁いた。
「タラシたんだよ、僕の事を…おやすみ夕鈴」



SNS初出2013年8月7日

しりとり⑩

実はこの回のしりとりはSNSでの足跡19000hitのキリリクでした。



「夕鈴、しりとりの罰ゲームの事なんだけど」
黎翔がお茶を飲みながら言った言葉に、夕鈴の手にある茶杯がカチャンと音を立てた。
「ど、どうかしたんですか?」
「簡単な事ばかりでつまらないかなーって」
黎翔の軽い口調に夕鈴の頬がカアッと赤くなる。
「抵抗出来ないように押さえ込まれて、一晩中甘い言葉を聞かされるのが簡単な事ですかっ!?」
黎翔はニヤリと笑いながら言った。
「簡単な事だよ?」
「よ、よく言いますね!?」
ふるふると震える夕鈴を黎翔は楽しげに眺めている。
「寝るだけの時もあったし…」
「しっかり人を抱き枕にしてくれたじゃないですか!!」
黎翔はふっと口角を上げると、真っ赤な顔の夕鈴を見つめた。
「かなり良い抱きごこちだったな」
「な…なんて事言うんですかっ!?」
黎翔は夕鈴の髪を一房すくうと指にくるりと絡めた。
「叶うなら、毎日でも抱きたいと思ったほどだ」
ゆっくりとした動作で、黎翔が指に絡めた夕鈴の髪にちゅっと口付けした。
「だっダメに決まってます!!」
「すやすやと、私の腕の中で眠っていたのは誰かな?」
夕鈴の顔が一層赤くなり、涙を浮かべた目で黎翔を睨む。
「長い時間抱き枕にされてたら、眠くもなりますっ」
「すっかり安心しきった様子で…可愛らしい寝顔だった」
その時の事を思い出したように、黎翔は頬を緩めた。
「た、確かに寝ちゃいましたけど…」
むーっと夕鈴が眉根を寄せて視線を落とした。
「どうかしたのか?」
「可愛い、というなら陛下もですよ?」
思わぬ夕鈴の言葉に黎翔は目を丸くする。
「よく分からぬな」
「何度か私、目を覚ましたんですけど…」
言いにくそうに目線を泳がせる夕鈴に、黎翔は先を促す。
「どうかしたか?」
「かなり近くに陛下のお顔があって、ですね…」
カアァッと頬を真っ赤に染めながら、夕鈴は上目遣いに黎翔を見る。
「寝顔を側で見ていたと?」
口角を上げる黎翔に、夕鈴は恥ずかしそうに続ける。
「とても無邪気な寝顔で、お可愛らしくて見惚れてしまいました」
にこっと笑う夕鈴の、花がほころぶような笑顔に、黎翔はつい
「君の方が…」
と囁いてしまった。
「「…あ」」
「陛下の負けですねっ」
満面の笑みを見せる夕鈴に、やられたなと黎翔は呟いた。
「罰ゲーム、難しい物にして良いんですよね?」
嬉し気に言う夕鈴とは対照的に、黎翔は
「お手柔らかにね」
と苦笑した。



SNS初出2013年5月18日

しりとり⑨

「陛下、しりとりしましょう!」
後宮の夕鈴の自室で、お茶を飲んでいた黎翔はあやうく茶杯を落としそうになった。
「う…うん、夕鈴から言うなんて珍しいね」
面食らった様に言う黎翔に、夕鈴は語気を強める。
「練りに練った計画があるんです」
「すごいね、どんなの?」
興味をひかれた様に笑顔で黎翔は尋ねた。
「呑まれない、という事が大切なんですよ」
夕鈴が自信ありげに言う言葉に、黎翔は目を丸くする。
「良く分からないけど…」
「どうしても陛下のペースに呑まれて、負けてますから」
黎翔は茶杯を卓上に置き、頬杖を付きながら苦笑する。
「楽勝という訳でもないんだよ?」
「よっ良く言いますね!?次々タラシな台詞ばかり言うくせに!!」
顔を赤く染めた夕鈴に、黎翔は細めた目を向ける。
「煮え切らない君が悪いと思うのだがな」
「な…何を言って」
黎翔に見つめられ、居たたまれなくなった夕鈴は視線を泳がせる。
「手も付けずに大切にしてきたが…限界かな?」
椅子から立ち上がった黎翔は、音も立てずに夕鈴に近付く。
「…何が限界なんですか?」
黎翔は、上目遣いに自分を見る夕鈴の髪を一房捕える。
「可愛らしい兎を目の前にして、狼がいつまで我慢できると思う?」
夕鈴の目を見つめながら髪に唇を付けると、夕鈴はボフンと顔を一気に赤らめた。
「う、兎ってどういう意味ですか!」
「髪の一筋も残さず貪りたい相手だと言う事だ」
黎翔に髪を捕まれたままの夕鈴は、その手から逃れる様に体を後ろに引いた。と同時にバランスを崩し後ろに倒れると思った瞬間、夕鈴は黎翔の腕の中にいた。
ガターンと椅子の倒れる大きな音が響き、黎翔にぶつかったのではと思った夕鈴は思わず黎翔の力強い腕を掴んだ。
「だっ大丈夫ですか!?どこかぶつけませんでした!?」
「…大したことはない」
黎翔は夕鈴に笑顔を向けるが、夕鈴は心配気な顔をして尋ねた。
「痛くありません?」
「―――あ」
「え?」
「夕鈴の負け」
にこっと笑顔になった黎翔の腕の中で、夕鈴は目を丸くした。
「まさか…続いて?今のもありなんですか!?」
「もちろん」
満面の笑みを見せる黎翔の台詞に、夕鈴の顔はみるみる青ざめていく。
「罰ゲーム…ですよね?まさかまた一緒に寝るとか…?」
「んー、同じじゃつまらないでしょ?」
黎翔の言葉に夕鈴はホッとするが、そんな夕鈴の態度に黎翔は口角を上げる。
「僕のペースに呑まれないようにするって言ったよね?」
「?は、はい」
嫌な予感がしつつも夕鈴は頷く。
「だったら夕鈴が慣れるように、寝るまで隣で愛を囁いてあげるよ」
サーッと血の気が引くのを感じた夕鈴は、力なくフルフルと首を振った。
「いえ…結構です」
「だーめ、罰ゲームだからね」
楽しげに言った黎翔は、夕鈴を抱き上げると寝室へ向かう。
「そんな事されたら眠れませんっ!!」
じたばたと暴れる夕鈴の耳元で黎翔は囁く。
「眠らずとも良い。喜んで朝まで付き合おう」
「私は寝たいんです!!」
夕鈴がいくら暴れても物ともせずに、黎翔は笑いながら運んで行く。
「心臓が保ちませんっ!!」
夕鈴の叫び声と黎翔の笑い声だけが、静かな後宮に響いていた。



SNS初出2013年4月13日

しりとり⑧

黎翔は夕鈴が淹れてくれたお茶を飲みながら考えていた。
しりとりにかこつけて自分の本心を夕鈴に打ち明けているのだが、どうも伝わっていない様な気がする。
この辺で真剣に自分の気持ちを伝えるべきかと思った黎翔は、夕鈴に言った。
「――夕鈴、しりとりしない?」
「……いいですよ」
言いながら夕鈴の瞳に警戒の色が浮かぶ。
「夜にこうして二人でいるのに、何もしないのはつまらないな」
「何もって、碁とか双六とかしてますよね?」
夕鈴が首を傾げて不思議そうな顔をする。
「寝る時は別々だろう?」
途端にボンッと夕鈴は顔を赤くした。
「う、嘘吐き!この前無理矢理一緒に寝たじゃないですか!!」
「可愛らしい寝顔だった」
黎翔のニヤリと笑う顔に夕鈴は益々顔を赤らめる。
「タラシの陛下と違って、私はなかなか眠れなかったんですよ!?」
「…よく君は私をタラシと言うが、君以外に愛を囁いた事は無いのだがな」
心外だと言わんばかりの黎翔の態度に、夕鈴はワナワナと震え出した。
「な、何言ってるんですか!!愛って…!!」
「てんで本気にされてないんだなぁ」
がっくりと肩を落とした黎翔は溜息混じりに言った。
「当たり前です、演技を本気にしたりしませんよ」
ぷいっと横を向いて、怒ったように言う夕鈴を見た黎翔は、カタンとわずかな音を立てて椅子から立ち上がると夕鈴の側に立った。
「よく教え込まないと分からぬかな?」
さらりと夕鈴の髪を捕えた黎翔は、妖艶な笑みを浮かべる。
「…何を教え込むんです?」
椅子に座ったまま、逃げ腰になりつつ夕鈴が尋ねた。
「素直に君が、私の物になるようにと」
「とんでもない事言わないでくださいっ」
夕鈴も椅子から立ち上がり後ずさる。
「いつも君に言っている言葉は私の本心だ」
離れた分だけ黎翔が間合いを詰める。
「だ、騙されませんよ?」
また一歩、夕鈴が下がる。
黎翔は楽しげに目を細め獲物を追い詰めていく。
「弱ったな…このままでは歯止めが効かなくなるかもしれないな」
また下がった夕鈴の背が壁に突き当たった。
「何でそういう事を言うんですか!?わ、私は臨時妃です!!」
夕鈴を囲う様に両手を壁に付けた黎翔は、夕鈴の耳元で囁いた。
「…既に、君に惚れているんだ」
「だっだから、私はバイトなんです!!」
涙目になりつつも、夕鈴は赤い顔で必死に黎翔を睨んだ。
「すまないが、私のものになってくれ」
黎翔の顔が近付き、あと少しで唇が触れるという時、夕鈴は足に力が入らなくなりその場に座り込んでしまった。
「れ……黎翔様のバカ…」
小さく呟く夕鈴の言葉に黎翔は目を瞠った。
「え?夕鈴、今僕の名前…」
「あ、あ!!すいません!他に思い付かなくて」
真っ赤な顔で座り込んだままワタワタしだした夕鈴の前に、目線を合わせるように黎翔もしゃがみ込んだ。
「――ううん、いいよ。ちょっと驚いたけど、嫌じゃないよ」
にこっと笑う黎翔の頬もほんのり赤く染まっていた。
「また僕負けちゃったね。罰ゲーム何が良い?」
「か、考えておきます…」
まだ動悸が収まらない夕鈴は、小さな声でそう言うのがやっとだった。
―――思わず名前呼んじゃったけど、不敬罪とかならないわよね?……それにしても、狼陛下の演技は相変わらず心臓に悪いわ…

頬を染めたままで、まるで動悸を抑えるかのように、胸に握った手を当てた夕鈴を眺めながら、今回も本気にされなかったようだと、黎翔は苦笑した。



SNS初出2013年3月11日
プロフィール

*へもへも*

Author:*へもへも*
『狼陛下の花嫁』の二次創作小説がメインです。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
お客様数
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR