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夕立

暦の上ではもう秋だというのに、残暑の厳しいある金曜日。
夕鈴は黎翔のマンションのベランダから、今にも雨が降り出しそうな空を見上げていた。
「すごい雲……黎翔さん、傘持ってるのかな」
テスト期間中で早く帰れた夕鈴は、学校から真っ直ぐにこのマンションへ来ると、溜まっていた洗濯物を洗いベランダに干していた。
強い日射しと残暑特有の暑さですぐに乾いたそれらを取り込みながら、夕鈴は心配そうにもう一度空を見上げた。
「さっきまであんなに晴れてたのに……やっぱり台風の影響?」
白く輝いて見えていた雲はやがて暗く重く立ち込めるようになり、ぽつり、ぽつりと雨粒を落とし始めた。
「降ってきちゃったなぁ……」
リビングで洗濯物をたたみながら、黎翔は何時頃に帰って来るのだろうかと夕鈴は思った。
あまり酷い時じゃなければ良いなと思っていると、雨音は増々強くなり、窓に叩き付けるような降り方へと変わった。
「窓は全部閉めたし……念のためにタオル用意しておこうかな」
いつも帰りが遅い黎翔の事だから、きっと雨が弱くなってからの帰宅だろうとは思いつつも、夕鈴はタオルを出してきてソファーに置いた。
「お夕飯も、温かい物が良いかな?」
雨は激しく降り続け、そのために気温も下がっているように感じる。
夕鈴はキッチンに立つと、エプロンを着け冷蔵庫を開けた。
相変わらず自炊はしていない事がよく分かる冷蔵庫の中身をざっと見回した後、夕鈴は冷凍庫を開けいくつかの袋を取り出した。
前回訪れた時に、下ごしらえして冷凍しておいたそれらの食材を使って、何か体の温まる物を作ろうとした時、玄関から鍵を開ける音が聞こえてきた。
「え?」
まだ夜と呼ぶには早い時間。
こんなに早く帰って来れたのだろうかと、夕鈴はタオルを手に玄関へと急いだ。
「黎翔さん?早いですね」
「あぁ、夕鈴やっぱり来ていたんだ。そうかと思って出先から直帰してきたんだ。ただいま」
「お帰りなさい……って、びしょ濡れですよ!?」
玄関に立つ黎翔は全身からポタポタと雫が滴り落ち、足元には水たまりができる程だった。
夕鈴からタオルを受け取り、顔や頭を拭きながら黎翔は苦笑した。
「会社を出た時には降ってなかったから、傘を会社に忘れちゃってね。駅に着いたら土砂降りで参ったよ。雨で体がすっかり冷えたな」
「電話をくれればお迎えに行きましたよ?」
もう一枚持ってきたタオルで黎翔の肩や背中を拭いながら、夕鈴は言った。
その夕鈴の手をとり、指先に軽く唇をつけてから、黎翔は笑みを浮かべた。
「雨に濡れた姿も魅力的だとは思うが、夕鈴に冷たい思いはさせたくないな」
「な、なにふざけた事を言ってるんですか!こんなに冷たい手で……すぐお風呂入って温まってください!」
黎翔の手からタオルを取り、バスルームを指差しながら夕鈴は真っ赤な顔で言った。
「えー?久しぶりに会えたのにハグも無し?」
「びしょ濡れはイヤです!」
怒ったようにそっぽを向く夕鈴の頬にキスをしてから、黎翔はバスルームへ向かった。
「じゃ、温まったら続きね」
「つ……続きって何ですか!?」
笑いながらバスルームへ入って行く黎翔の後ろ姿を見ながら、夕鈴はさらに赤くなった頬を押さえ叫んだ。

夕鈴はキッチンで料理をしながら、浴室から出てきた黎翔が脱衣所でドライヤーを使う音を聞いていた。
濡れてしまった服は、すぐに洗った方が良いだろうか。
それともスーツは乾かしてからクリーニングに出した方が良いのだろうか。
ふと疑問に思った夕鈴は、黎翔に聞いてみる事にした。
「黎翔さん、あの……」
脱衣所の鏡の前の黎翔は、ドライヤーで髪を乾かしながら目を閉じうつむいていた。
どうやらドライヤーの音で自分の声は聞こえなかったようだと思った夕鈴に、悪戯心が湧いてくる。
「黎翔さん……好き」
小さく呟いた夕鈴の声と同時に、ドライヤーの音が止んだ。
驚いた夕鈴の丸い目と、鏡に映る黎翔の目が合う。
「――僕もだよ」
鏡越しにニヤリと笑う黎翔に見つめられ、口を開けたまま夕鈴は顔を耳まで赤く染めた。
「き……聞こえて……?」
「勿論」
恥ずかしさのあまり逃げ出そうとする夕鈴を後ろから抱き締め、黎翔は夕鈴の耳元で囁いた。
「愛してるよ、夕鈴」
途端に熱くなった夕鈴の頬に自分の頬を寄せ、黎翔はくすりと笑った。
「お風呂で温まったはずの僕より、夕鈴の方が熱いね」
「知りませんっ!もう放して!」
腕の中でジタバタと暴れる夕鈴を抱き上げ、黎翔はソファーに腰を下ろし夕鈴を自分の膝の上に座らせた。
「まだ寒いから温めてくれる?」
ぎゅっと抱き締められ、夕鈴は半ば諦めながら溜息を吐いた。
「体が温まる物を作りますから、放してくれませんか?」
「夕鈴が一番温まるから、もう少しこのままで」
しょうがないなぁと顔を上げた夕鈴の目に、雲間から差し込むこの日最後の陽の光が作った淡い虹が映った。
「あ……黎翔さん、虹ですよ」
「本当だ。雨止んだみたいだね」
二人が見ている間に虹は色を失い、空は夜の色に変わっていった。
「綺麗でしたね……」
「うん、夕鈴と見られて良かった」
にこにこと笑いながら言う黎翔の肩にもたれかかり、夕鈴も微笑んだ。
二人の間にまた一つ増えた、そんな日常のささやかな思い出。



SNS初出2016年9月6日
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テーマ : 二次創作
ジャンル : 小説・文学

映画

「夕鈴、たまには映画でも観に行こうか?」
いつものように、週末に泊まりに来た夕鈴が淹れてくれたお茶を飲みながら、僕はキッチンに立つ夕鈴の背中に問い掛けた。
「え?」
夕鈴は振り返ると、意外そうな表情を見せながら僕の側に来た。
「黎翔さんがそんな事を言うのって珍しいですね」
「うん、これなんだけど」
テーブルの上に置いたPCの画面を夕鈴に向けると、夕鈴は僕の隣に座って画面を覗き込んだ。
そこに表示されているのは映画館のホームページ。
「あ、これって……」
上映中の文字の中、僕達二人が目を留めたのは、漫画が原作の映画だった。
以前、夕鈴が友達から借りたと言って読んでいた時に表紙を見て、変わったタイトルだなと思ったのを覚えている。
「映画化されたんですね」
「観に行く?」
「はいっ!」
嬉しそうな笑顔の夕鈴が可愛すぎて、僕はつい夕鈴を抱き上げると自分の膝の上に乗せてしまった。
「な、何ですか!?」
「んー?」
慌てる夕鈴に何と言ったものかと思いつつ、僕は夕鈴を抱き締め頬に軽く口付けた。
「夕鈴が可愛いから、つい、ね」
「つい、で人を膝抱っこしないでくださいっ」
真っ赤な顔で暴れる夕鈴が愛らしくて、僕はもう一度、今度は逆の頬に唇を付けた。


次の日、映画館へ向かい予約しておいたチケットを受け取ってから、僕達は何を買うか相談した。
「何か飲み物と……ポップコーン買いません?」
「夕鈴の好きな物で良いよ」
「黎翔さん、いつもそう言いますよね」
どことなく不満げに言う夕鈴の手をとった僕が、
「夕鈴が美味しそうに食べているのを見るのが、僕にとってのご馳走なんだよ」
と目を見つめながら囁いた瞬間、夕鈴は頬を一気に染めて視線を泳がせた。
「じゃ、じゃあ濃厚キャラメル味にしちゃいますよ!?」
「――飲み物はブラックのアイス珈琲にしてもらえるかな?」
苦笑する僕に、夕鈴は小さく吹き出すと楽しそうな笑い声を上げた。

映画はまぁ、女性が好きそうな内容だった。
年の差カップルの恋愛もの、といった所か。
僕はどちらかというと、映画の内容よりも、熱心にスクリーンを見つめる夕鈴の横顔に魅力を感じていた。
生き生きと目を輝かせているその横顔に見惚れていると、視線を感じたらしい夕鈴から、映画を観るようにと注意されてしまった。
お詫びのつもりで、夕鈴が膝の上に大事そうに抱えているポップコーンを一つ摘まんで夕鈴の口元に運んだら、余計に睨まれてしまった。
そんな顔も可愛いと、つい頬がゆるんでしまい、今度は夕鈴から頬を摘ままれた。


「黎翔さんって、全然映画観ていませんよね」
マンションに帰ってから、買ってきたケーキでお茶を楽しみつつ夕鈴が言った。
「観ていたよ?」
珈琲を飲む僕を、夕鈴はちらりと見た後で頬を膨らませた。
「だって、気付く度に黎翔さん、人の顔を見ていたじゃないですか」
「――それ、美味しい?マンゴーの……何だっけ」
「ミルクレープは美味しいですけど、話をはぐらかさないでくださいっ」
くわっと怒り出した夕鈴に、僕は手にしていた珈琲をテーブルの上に置いて笑いかけた。
「じゃあ、観ていた証拠を見せようか」
「……え?」
ぽかんとする夕鈴の前に跪いた僕は、夕鈴の足をすくいあげ、その爪先にキスをした。
「れっ、黎翔さんっ!?」
途端に真っ赤な顔で、慌ててスカートの裾を押さえる夕鈴の初々しさに頬が緩んでしまう。
「こういうシーン、あったでしょ?」
「あ、ありましたっ観ていたのは分かりましたから、足を放してくださいっ!」
せっかくだから、と僕は夕鈴の足の甲にも口付ける。
ビクッと夕鈴の足が震えたけれど、嫌がってはいないようだ。
「黎翔さん、もう本当に止め……」
小さな声で制止を促す夕鈴の言葉を聞き流し、僕は次に夕鈴のくるぶしにチュッと音を立ててキスをした。
小さく夕鈴の足が震えているのは恥ずかしさからか、と気付いた僕の中に、もう少し悪戯してみたい欲望が湧いてくる。
夕鈴の足首に唇を付けた僕は、そのまま軽く歯をたてた。
「きゃっ!?」
見上げると、視線の先には涙目で、これ以上ないくらい耳まで真っ赤に染まった夕鈴の顔。
歯を食いしばった様な口元が、軽く震えている。
「――嫌だった?」
「い……嫌と言うか、その……」
もじもじと話辛そうな夕鈴をぎゅっと抱き締めた僕は、今にも零れ落ちそうな夕鈴の涙を唇で拭った。
「――ごめん、ちょっと悪戯が過ぎたかな」
「……びっくり、しました」
「うん……今日省いた所は、また後で、ね」
僕の腕の中で、夕鈴の体が強張るのが分かった。
本当にうぶだなぁと思った僕は、ついクスクス笑ってしまった。
「笑わないで、ください……」
やっと絞り出した様な、聞こえるかどうかというくらい小さな声でそう言った夕鈴は、僕の肩に額を付けると、そっと僕の背中に腕を回した。
珍しい事もあるもんだなと思っていると、夕鈴がぽつりぽつりと話し始めた。
「あの映画ほど年は離れていませんけど……早く、黎翔さんに似合う様な、大人の女性になりますから」
「――今でも十分に、僕には勿体ないくらいの女性だけど?」
夕鈴はおずおずと顔を上げると、上目遣いに僕の顔を見た。
「でも、黎翔さんの今みたいな悪戯にも、どう返せば良いか分からなくって」
「ちゃんと返してくれていたよ?言葉では無いけれど」
にっこり笑う僕に、夕鈴は不思議そうな顔をした。
「――体で素直に応えていたでしょ?」
ぼふっと湯気が出そうなほど赤面した夕鈴は、その後で何故か、じとっと座った目で僕を見た。
「黎翔さん……言う事がオヤジっぽいです」
「……オヤジかぁ」
一気に気分が萎えた僕は、力なく曖昧な笑みを浮かべてから、夕鈴を抱えソファーに座った。
膝の上に横抱きにした夕鈴は直ぐに下りようとしたけれど、僕が夕鈴の腰に腕を回した事に気付くと渋々諦めた様だった。
「高校生から見たら社会人はオジサンかなぁ」
そう言いながら、僕がテーブルの上のケーキが乗った皿を夕鈴に渡すと、夕鈴は両手でそれを受け取ってから首を傾げた。
「いえ、あの、年齢的な事じゃなくて……さっきの黎翔さんの台詞が……その……か、体とか言っちゃうあたりが」
徐々に染まっていく夕鈴の頬を見ながら、僕は珈琲を手にして言った。
「人間って、言葉では何とでも言えるけど、体は正直なもんだよ?」
「……どこの悪代官ですか」
「夕鈴、時代劇とか観るの?」
「父が好きでよく観てますから」
「――あぁ、なるほどね」
自分では意識してなくても、これがオヤジの思考か、と僕は冷めてしまった珈琲を一気に飲み干しながら思った。



SNS初出2015年7月11日

エイプリルフール

暖かい陽気が続いた春の日、夕鈴は春休みを利用して黎翔のマンションに遊びに行こうと考えた。
夕飯を作ろうと駅前のスーパーで買い物を済ませ、マンションに向かって歩き出した夕鈴の前を、背の高い女性が歩いていた。
――うわぁ大きいなぁ……モデルさん?
長いストレートの黒髪が風に揺れ、女性は鬱陶しそうに後ろに手で払った。
――な、何か動きがかっこいいかも……
夕鈴が見惚れていると、その女性は夕鈴が目指すマンションに入って行った。
――え、黎翔さんと同じマンションに住んでるの!?
だが夕鈴がエントランスに入った時には、既に女性の姿は無かった。
何となく残念に思いながら、夕鈴は黎翔の部屋へ向かう。
合鍵でドアを開けると、珍しく明かりが点いていた。
「?黎翔さん、いるんですか?」
靴を脱ごうとした夕鈴は、女物の靴が玄関にある事に気付いた。
「……え?誰の?」
明らかに自分のではない靴を眺めていると、奥から黎翔の声がした。
「――夕鈴!?ちょっと待っててくれる!?」
いつもと違う慌てた声に、夕鈴は靴を脱ぎ捨てると一気に寝室まで駆け付けた。
「黎翔さん!開けますよ!」
声を掛けると同時にドアを開けると、そこには髪の長い女性が乱れた服装でベッドに腰掛けていた。
「――え!?れ、黎翔さ、ん?」
驚き目を丸くする夕鈴に向かって、女性は溜息を吐くと一言
「そう、僕だよ」
と言った。

リビングのソファーに座る、女性姿の黎翔にお茶を淹れた夕鈴は、その隣に座ると興味津々といった表情で黎翔の顔を見つめた。
「――あまり見ないでくれる?もう着替えて良いかな?」
困った顔でそう言う黎翔に、夕鈴は首を振って力説した。
「こんなに綺麗なのに勿体ないです!もうちょっとそのままでいてください!」
「んー……」
複雑な表情の黎翔がお茶を飲む様を、夕鈴はきらきらした目で見ていた。
黎翔が説明した所によると、今日は新年度を祝う親睦会が、協力会社と合同で行われたらしい。
「その会社は特殊メイクも扱っている所でね」
仮装してくる事、という条件を忘れていた黎翔は、まんまと実験材料にされてしまった。
相手側からしたら、自分達の技術力をプレゼンする為の格好の良い素材、といった所だったろう。
「しかもそのまま帰るように言われてね、服を返してもらえなかったんだ」
黎翔が夕鈴と目線を合わせると、途端に夕鈴の頬が赤く染まった。
黎翔はその頬を指先で撫で、静かに呼び掛けた。
「――夕鈴?」
「は、はいっ!」
一層赤くなった頬を隠すように両手で覆った夕鈴は、視線を泳がせ言った。
「な、何だか黎翔さんじゃないみたいで……ドキドキします」
黎翔はそんな夕鈴の顎に指をかけると、その顔を自分へ向けさせる。
「夕鈴は、女性の僕の方がドキドキするの?――実は僕が本当に女性だと言ったら……どうする?」
「え?」
キョトンとした夕鈴の唇に、黎翔は自分の唇を重ねた。
軽く啄むだけのキスの後、夕鈴の手を取り自分の胸に当てさせた黎翔は、もう一度尋ねる。
「僕は本当は女性なんだよ……それでも夕鈴は、僕が好き?」
夕鈴は手の中の柔らかい感触と黎翔の台詞に、頭の中が混乱してくる。
「え?だ、だって……えぇ!?」
「女同士は、イヤ?」
首を傾げた黎翔の髪が、さらりと夕鈴の手にかかる。
「だって、この前、黎翔さん胸なかったような……」
先日、風呂上がりにタオル一枚の姿の黎翔を見てしまった夕鈴は、しどろもどろになりながら記憶を必死に手繰り寄せていた。
「ちゃんと見たの?」
くすりと笑いながら黎翔が尋ねる。
「一瞬だったから……でも、こんなに大きな胸じゃなかった気が……」
言いながら無意識に黎翔の胸を揉んだ夕鈴は、その大きさに感心してしまった。
「私より大きいですね」
「そう?」
黎翔は夕鈴の頬にチュッと口付けすると、耳元で囁いた。
「直に見たい?」
「だっ駄目ですよ!たとえ女同士でも恥ずかしいでしょう!?」
「夕鈴、さっきの答えは……?」
耳たぶを喰みながら、黎翔が問う。
「きゃっ!!」
「女同士でも、僕の事が好き?」
首筋に口付けされ、夕鈴は肩をすくめた。
「す、好きですよ?たとえ女性でも、黎翔さんは黎翔さんですから」
潤んだ瞳、上気した頬で真っ直ぐに自分を見つめる夕鈴を、黎翔はたまらず抱き締めた。
「ありがとう。愛しているよ、夕鈴」
「わ、私も、です」
消え入りそうなほどに小さな声で答えた夕鈴の唇を、今度はじっくりと黎翔は味わった。


「黎翔さんが女性って言うのは、やっぱりエイプリルフールの冗談だったんですね?」
テーブルの上に置かれた、シリコン製の偽乳を突きながら夕鈴が言った。
「まぁね。嘘だってバレバレだったでしょ?帰りの電車では痴漢されるし、酷い目にあったよ」
「え!?痴漢されたんですか!?」
バスルームから聞こえる黎翔の声に、夕鈴は顔を上げた。
「駅員に突き出してやったけど、知らない人間に尻を撫でられるのは気持ち悪いね――夕鈴、忘れさせてくれる?」
「ど、どうやってですか?私も黎翔さんのお尻を撫でるんですか?」
噴き出した笑い声が聞こえ、夕鈴は何か変な事を言っただろうかと顔を赤らめた。
「やっとさっぱりしたよ」
メイクを落とし着替えを済ませた黎翔を、夕鈴は両手で頬杖をつきながら見た。
「髪もカツラだったんですか……もうすっかり、いつもの黎翔さんですね」
「何だか残念そうだね?」
「っ!そ、そんな事ないですよ!?」
一気に紅潮した夕鈴の顔を見ながら、まさか自分に焼きもちを焼く日がくるとはな、と黎翔は苦笑した。



SNS初出2015年4月1日

秋深し

久々の残念黎翔さんシリーズです(笑)



会社からの帰り道、僕はコンビニで、いつもは買わないデザートを買った。
今日は夕鈴が泊まりに来ると約束した金曜日。
いつもは重い帰宅時の足取りも、夕鈴が待っていると思うだけで軽く感じるから不思議だ。

ところが玄関のドアを開けて、そこに待っていたのは静寂と闇。
「――夕鈴?」
呼び掛けながら部屋へ入り、明かりを点けてみたがやはり夕鈴の姿は無い。
そう言えば、と携帯を取り出しメールチェックをしてみる。
週末に出勤をしなくても良いようにと、今日中に終わらせる為に詰め込んだ仕事を消化するのが忙しくて、僕個人の携帯を午後は全く見ていなかった。
「あ……」
やっぱり届いていた、夕鈴からのメールを見付けて開く。
そこには、弟が熱を出し病院に連れて行く事、心配なのと看病の為に今日は泊まりに行けないという事が書かれていた。
「そっか……」
一気に疲れが押し寄せた気がした僕は、力無くデザートを冷蔵庫に入れ鞄を床に置いた後、ソファーに崩れ落ちるように座った。
ネクタイを緩め、シャワーの前に少し休もうとソファーに横になったが、耳に痛い程の静寂が嫌になってテレビをつけた。
途端に部屋の中に笑い声が響く。
中身の無い会話、意味の無いギャグに内輪受けだけのネタ……
ぼんやり眺めつつ、酔っ払いの会話と似たようなものだなと苦笑する。
どうせ同じ笑い声なら、夕鈴の明るい笑い声が部屋に満ちて欲しい。
そんな風に思った時、夕鈴にメールを返信していない事に気付いた。
取り敢えず、また次に会える機会を楽しみにしている、弟くんをお大事にとメールして、携帯をテーブルに置いた。
腕時計を見て、夜の1時頃にメールするのも非常識だったかと後から思ったが、返信が無いよりは良いかと思い直す事にした。
夕鈴がいないなら、気になっていた月曜の打ち合わせの資料を今夜中に練り直すかと、相変わらず賑やかなテレビの音を耳にしながら、一先ず疲れた目を休める為にまぶたを閉じた。


「……ょうさんっ!黎翔さん!」
誰かが僕の肩を揺すっている。
そちらを見ると、声の主は心配そうな夕鈴だった。
「――あれ?」
「あれ?じゃないですよ!こんな所で寝てたら風邪ひきますよ!」
「今夜は来られないって……」
僕が不思議に思い問う様に言うと、夕鈴はきょとんとした顔で僕を見た。
「寝ボケてます?もうお昼。今日は土曜日ですよ」
「――え?」
腕時計を見ると、確かにもう12時近い。
一瞬、目を閉じただけだと思っていたのに、僕はどうやら半日近く寝ていたらしい。
「――あ、弟くんは?」
「風邪のひき始めだったらしくて、昨日のうちに熱も下がりました。今日は食欲もあるし元気そうでしたけど、週末は一応家でゆっくりするそうです」
「そうか……良かったね」
僕の言葉に笑顔で頷いた夕鈴は、その後すぐに頬を膨らませた。
「黎翔さんもスーツ着たままでソファーでうたた寝なんて、風邪ひいちゃいますからね!?」
「ん?あぁ、そうだね」
改めて自分の体を見て、着替えもしていなかったなと反省する。
「夕鈴、手を貸して」
夕鈴に手を差し伸べながら言うと、夕鈴は素直に手を重ねてくれた。
「もしかして、起き上がれないんですか?」
くすくす笑う夕鈴の手を引き、バランスを崩したところで腰をさらった。
「きゃっ」
どさりと僕の体の上に横たわった夕鈴は、ソファーの背もたれに手を突き体を起こそうとする。
その背に腕を回し、ぎゅっと抱き締めると夕鈴の顔がたちまち赤くなった。
「黎翔さんっ!お、重いでしょ!?退きますからっ」
「ダメ。んー……夕鈴は温かいなぁ」
「私はお布団じゃありませんっ」
僕の腕から逃れようと暴れる夕鈴をしっかりと抱き直し、足を絡める。
「ちょ、ちょっと待って!黎翔さん足!!」
「――イヤ?」
「嫌とかじゃなくて、放してくださいっ」
「可愛いなぁ」
ジタバタしている夕鈴の額にチュッとキスをしたら、これ以上ないくらい真っ赤な顔でにらんできた。
「スーツも余計にシワになっちゃいますよ!?」
「クリーニングに出すから大丈夫だよ」
「もうっ……あ、黎翔さんお腹空いていませんか?何か食べたい物あります?」
「――夕鈴が食べたいな」
赤面したままで言葉に詰まった夕鈴の首筋に、先ほど額にしたのと同じように軽く唇をつけた。
それだけで瞳をうるませる夕鈴を見ていると、自分の理性がぐらりと音を立てて揺らぐ。
僕は自分を落ち着かせる為に一つ深呼吸をしてから、夕鈴の背中をぽんぽんと軽く叩いた。
「――何か食べに行こうか?」
「はい!」
元気良く返事をした夕鈴を体から降ろすと、何となく物足りないような、寒さが身に染みるような寂しい気分になった。
「やっぱり夕鈴より温かい物なんて無いんだな――ずっと乗っていてほしいくらいだよ」
「私は上着でもありませんっ」
ぷいっと横を向いた夕鈴が、何かを思い付いたように僕を見た。
「もし……もし私が上着だったら、寒い時しか一緒にいられないですよ?」
「え?」
「暖かくなったら、脱いで忘れちゃいます?」
ちょっと眉根を寄せて苦笑する夕鈴に、僕は慌てて答える。
「忘れたりなんかしないよ!夕鈴は僕にとって無くてはならない最後の一枚、そう、パンツみたいな存在なんだ!」
「――え?」
「――あ」
しまった、言葉を間違えたと気付いた時には、夕鈴は既に眉間にシワを寄せた厳しい顔になっていた。
「――黎翔さん」
「はい……」
夕鈴の低い声に、僕はついソファーの上で正座してしまった。
「仮にも女性に向かって、パ、パンツとは何ですか!?」
「――パンツは大事だよ?夕鈴だって毎日穿くでしょ?」
「そんな事を言ってる訳じゃありませんっ!!」
だよねーと思いつつ、僕は何とか夕鈴の怒りが収まらないものかと考える。
「あ、冷蔵庫に買ってきたデザートが入ってるよ」
「え?……って、誤魔化されませんからねっ」
「誤魔化す気は無いけど、出掛ける前にシャワー浴びたいから、それ食べて待っててくれる?」
夕鈴はしばらくジト目で僕を見ていたけれど、分かりましたとキッチンへ向かった。
冷蔵庫からデザートを持ってきた夕鈴は、どこかうきうきして見えた。
「じゃ、シャワー浴びてくるから」
安心した僕はそそくさと浴室へ行き、シャワーを浴びた。
そして浴室を出た時、はたと気付いた。
――着替えを用意しなかった。
またスーツを着るのは嫌だし、かと言って全裸で夕鈴の前に出る訳にもいかないだろう。
仕方ないかと僕はタオルを腰に巻いて、脱衣所を出た。
「きゃーっ!黎翔さんっ何て格好してるんですか!」
案の定、夕鈴は湯上がりの僕よりも真っ赤な顔で悲鳴を上げた。
「ごめんね。着替えの用意を忘れてて……やっぱりパンツは大切だよね」
「もうパンツの話しはいいですからっ!」
「うん――怒った顔も可愛いよ」
「そんな事はパンツ穿いてから言ってください!」
僕に背中を向けて怒る夕鈴の後ろ姿を見ながら、やっぱり夕鈴がいるだけで心まで温かいなと僕は笑った。
――例えタオル一枚の姿でも。



SNS初出2014年11月8日

喫茶『ねこっくー』

SNSでの足跡34000hitのキリリクです。
黎翔さんはきっと、夕鈴の前でだけ残念なんだと思います。



ドアを開けると、俺は途端にお嬢さん達に取り囲まれる。
待っていたと言わんばかりに体を擦り付け、尻尾を絡めてくる。
「よしよし、お嬢さん達は出勤前にご飯だな」
それぞれの年齢、体調に合わせたご飯を用意して食べさせ、食べ具合もチェックする。
「体温も平熱。今日もみんな健康だな」
それぞれお気に入りの場所でくつろぐお嬢さん達を後にして、次は店の中の掃除。
お嬢さん達が気持ち良くいられる様に、念入りに掃除をする。
「克右さん、お疲れ様っす。早いですね」
後ろから声をかけられ振り向くと、喫茶担当の糸目くんが笑っている。
「お嬢さん達がご機嫌良く働けるようにね」
そう言うと糸目くんは
「本当に猫が好きなんですねー」
と呆れた様な感心した様な口調で言った後、厨房へ入って行った。

「開店しまーす」
静かなBGMを流し入口の鍵を開ける。
さて今日はどんな客が来るだろう?


「いらっしゃいませー」
ドアを開けて入って来たのは若いカップル。
ずいぶんと雰囲気の違う二人だな、と思いつつ料金やシステムの説明をする。
「黎翔さん、猫ちゃんがいっぱいですよ」
「猫喫茶だから当たり前だろう?」
中に入り目を輝かせる彼女と、それをからかう様な彼氏。
膝の上に猫が来たと嬉しそうに微笑む彼女の笑顔につい見惚れてしまい、彼氏に睨まれてしまった。
失敗失敗。しかし気配に聡い彼氏だな。
「かわいいですねー」
優しく猫を撫でる彼女に微笑みながら、彼氏が
「夕鈴の方が可愛いよ」
と言っている。
良く恥ずかしくもなく言えるもんだな、と思っていると
「もうっ黎翔さん!!そういうのは良いですから、ちゃんと猫ちゃんを見て下さいっ」
と彼女に怒られていて、つい吹き出しそうになってしまった。
可愛いのに気が強い彼女だな。まるで猫みたいだ。
そう思いながらオーダーされたパンケーキをテーブルに運ぶ。
「わ、かわいいっ肉球の形ですよっ」
喜びが素直に表れる子だな、と自然と頬が緩みミルクティーと珈琲を置いて戻ろうとすると
「――この子は兎だから」
と彼氏の低い声が聞こえた。
え?と振り向くと
「近付いたら力強いキックをされるよ……まぁ僕も近寄らせないけどね」
と冷たい微笑みを向けられた。
――目が笑ってない…
俺は背筋に寒いものを感じながら、曖昧な笑みを浮かべそそくさとその場を離れた。
「あの彼氏こわいなー」
厨房に戻ってボソッと言った台詞に、糸目くんが
「どの人っすか?」
と首を出して客席を見た。
「あ…れ?夕鈴?」
「え?知り合い?」
「幼なじみってやつっすよ。家が近所で…へーまだ付き合ってたんだ」
中へ戻る糸目くんに
「彼氏…普通の人?」
と恐る恐る聞くと
「へ?会社員って聞きましたけど?」
とポカンとしている。
あれで会社員ねぇ…
確かに彼女に向ける顔は穏やかな笑顔だけど、さっきの目…
思い出すと背筋がぞくりとする。
整ってる顔立ちだから余計に凄味が増すんだろうなぁ。
二人を見ながらぼんやりとそんな事を考えていたら、彼女がこちらを見て手を挙げた。
「すいません、猫ちゃんのオヤツってまだあります?」
「ありますよ」
良かったと笑いながら注文する彼女にオヤツを持って行くと、二人の会話が聞こえた。
「ゆーりん猫ばっかり構ってる…」
「猫喫茶で猫を構うのは当たり前です!!かわいいし」
さっきの彼氏とはまるで別人な話し方に、俺は思わず二度見してしまった。
彼女にすねた様な顔を向けた彼氏は、面白くなさそうに珈琲を飲んでいる。
――猫にヤキモチ?
面白いカップルだな、と厨房でクスクス笑っていると糸目くんが不思議そうな顔をした。
「糸目くんの幼なじみ、気が強そうだね」
「まぁ、そうっすね。他の幼なじみとも顔を合わせると喧嘩してたり…あの二人、雰囲気どうっすか?」
「良さそうだけど。上手くいってるか心配?」
笑いながら尋ねると、糸目くんは両手を振って答えた。
「いや、自分じゃなくその喧嘩相手が心配性なもんで、報告だけでもと思って」
「へぇ、いい友達だな」
感心した様にそう言うと、糸目くんは軽く苦笑した。


「ありがとうございましたー」
最後の客を送り出し、店内の照明を落とす。
お嬢さん達にお疲れ様、と声をかけ世話をする。
今日も一日良く働いたなとお嬢さん達を撫でてから、自分も帰りの支度をする。
「お先に失礼しまーす」
「お疲れ様。明日もよろしくな」
糸目くんが帰ってから、自分も外へ出てドアに鍵をかけた。
空を見上げると満天の星。
明日はどんなお客さんが来るかな、と思った俺の脳裏に、あの印象的なカップルの姿が浮かんだ。



※リクエスト内容は
『現パロ・猫カフェで働いてるこっくー』

SNS初出2013年11月12日
プロフィール

*へもへも*

Author:*へもへも*
『狼陛下の花嫁』の二次創作小説がメインです。

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