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吸血鬼11

「黎翔様、王という立場を軽視なさらないでください。ましてや王族の直系は現在、あなた一人なのですよ」
「――軽視している訳ではない」
向かい合った二人の間に見えない緊張感が漂う。
「……それほどまでに、その人間が良いですか?」
「私は夕鈴を花嫁にすると言ったはずだが?」
冷ややかな笑みと共に答えた黎翔に、李順は眼鏡を指先で押し上げると低い声で呟いた。
「――仕方ありませんね」
その呟きが黎翔に聞こえた瞬間、李順は夕鈴に襲い掛かり、その首筋に牙をたてた。
「っ!?」
自分に何が起こったのかも分からないうちに、夕鈴の体が崩れ落ち瞳が閉じられた。
青白くなった顔で倒れる夕鈴をそのままに、李順は黎翔に振り返った。
「――これで黎翔様のお心を煩わせるものは無くなったでしょう」
静かに言う李順に近付き、その唇の端を紅く染める夕鈴の血を、親指の腹で黎翔は拭った。
「――甘いな、李順」
李順の耳元で囁きながら、黎翔は親指の血を舐めニヤリと笑った。
「甘い……?」
眉間に皺を寄せ、怪訝そうな顔をした李順を余所に、黎翔は夕鈴を抱き上げるとベッドに横たえた。
「私がただ何の勝算もなく、夕鈴を娶ろうとしていたと思うか?」
「黎翔様、一体何を?血を吸った以上、今その人間のマスターは私ではありませんか?」
黎翔は口の端で笑うと、夕鈴の髪を撫でた。
「――そして血を飲ませ、己の花嫁にするつもりか?」
「まさか!私はただ、黎翔様にはふさわしい花嫁を娶っていただきたいと」
そうか、と黎翔は呟くと、夕鈴の首筋に手をかざした。
李順の牙の跡が見る間にふさがり、元通りの白い首筋へと変わっていく。
「普通なら血を吸われた人間は、マスターにしか従わない存在になるはず……だな?」
念を押す様な黎翔の余裕のある態度に、李順の頭に疑問が湧く。
「黎翔様……?」
「李順、吸血鬼に血を吸われた人間が、自我を失わない方法を知っているか?」
夕鈴の長い髪を指先に絡め、口付けを落とした黎翔は薄く笑みながら李順に問いかけた。
「それは……花嫁以外、不可能では?」
「――どうかな」
黎翔が夕鈴を見つめ、その頬を優しく撫でた時、かすかに夕鈴のまぶたが動いた。
「……まさか」
「ん……」
ふうっと息を吐いた夕鈴は、うっすらと目を開き二人に視線を向けた。
「え?」
途端にぱっちりと目を開けた夕鈴は、ガバッと上半身を起こし頬を染めた。
「わ、私、寝ちゃったの!?」
信じられないといった風情で、両手で真っ赤な頬を覆った夕鈴に、李順は驚きの眼差しを向け言葉を失った。
「――夕鈴、気分は?」
「気分?ちょっと頭はぼんやりしてますけど……寝ちゃうなんてっ嘘っ!!」
ベッドの上で、立てた自分の膝に顔を埋めた夕鈴は耳まで赤く、とても先ほどまで蒼白な顔をしていたとは思えないほどだった。
黎翔は立ち竦む李順に向かって目を細めると
「残念だったな」
と口角を上げた。
「な……何故ですか?」
やっと李順が口にした問いにも黎翔は答える事なく、ただ夕鈴の頭を撫でながら微笑むだけだった。
「夕鈴、今夜はもう遅いからお休み。今度は良い夢を見られるように――」
その囁きを残して、夕鈴の髪から黎翔の手が離れた。
夕鈴がそっと顔を上げると既に二人の姿は無く、ただ紅い薔薇の甘い香りが漂うだけだった。



SNS初出2015年4月6日
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吸血鬼10

2015年1月5日ですね。
語呂合わせで1時5分にUPしてみましたw
のんびり更新ですが、皆様今年もよろしくお願いいたしますm(__)m



ベッドに入った夕鈴は、李順から聞いた話を頭の中で何度も反芻した。
「拒絶って……どうすれば出来るのかな……」
――嫌いって思えばいいのかな?
ベッドの上でゴロリと横向きになった夕鈴の目は、知らず知らず先ほど李順がいた場所へ向けられた。
そのまま視線を巡らせると、まだ生き生きと咲いている紅い薔薇で目が止まる。
「そう言えば、男の人からお花を貰ったのって初めてかも」
――思い返してみればこの数日間、家まで送ってくれたりバイト先まで迎えに来てくれたり……
「事情はどうあれ親切な人、よね?」
人じゃないけど、と夕鈴は自分の考えに突っ込みながら、ゆるゆると眠りの世界へと落ちて行った。


夢の中で、夕鈴は見知らぬ場所を歩いていた。
鬱蒼と茂る森の中、木漏れ日の当たる場所には薔薇が咲き乱れていた。
白く可憐な薔薇の花は無数に咲き誇り、辺りには花びらがまるで敷き詰めたかの様に散らばっていた。
――ここ、どこかな
夕鈴が薔薇の咲く方へ足を向けると、見た事のある後ろ姿が目に入った。
――黎翔さん?
無意識に足を止めた夕鈴の目に、もう一人の後ろ姿が映る。
艶やかな黒髪を二つに結った、華奢な体つきの女性。
その女性が黎翔に何かを話しかけた。
黎翔に顔を向けた時に見えた、女性の幸せそうな微笑み。
――可愛い人……
李順の言っていた『ご令嬢』とはこういう人の事かしらと思った夕鈴の胸が、ちくりと痛んだ。
――ん?
今まで経験した事の無い不思議な痛みに、夕鈴は首を傾げた。
夕鈴から黎翔の顔は見えないが、自分に向けられた様な穏やかな笑みを、あの女性にも返しているのだろうか。
そう思った時、再び夕鈴の胸が先程よりも強く痛んだ。
『結婚相手を同族から選ぶ様に――』
李順の声が甦る。
――それって、つまり他の人とお幸せにって事よね?
夕鈴の視線の先の二人は、ゆっくりと自分から遠ざかって行く。
――これが二人の……私達の為……?
夕鈴は胸の中に、もやもやした物が渦巻いている様な、嫌な気分に襲われた。
――私達の為……これで良いのよね?
これが最善なのだと自分に言い聞かせてみたものの、その考えとは裏腹な思いは夕鈴に一つの名前を叫ばせていた。
「っ!黎翔さんっ!!」


自分の叫び声で目を開けた夕鈴は、はぁはぁと息を切らせながら、先程見た光景が自分の見た夢だった事をぼんやりと理解した。
「あ……なんだ……夢?」
「――どんな夢?」
低い静かな声に驚いた夕鈴が飛び起きる勢いで声のした方を見ると、静かな笑みをたたえた黎翔がベッドの端に腰掛けていた。
「な、な、な」
「何でここにいるのかと言いたい顔だね」
くすりと笑った黎翔を、夕鈴はキッと睨み付けた。
「あ、当たり前ですっ!こんな夜中に!!」
「――呼ばれたから」
「へ?」
その時やっと夕鈴は、自分の手が黎翔に握られている事に気付いた。
「手、放してください」
「もう少し、このままで――僕を呼んだのは君だよ」
「あ……夢の中で?」
やっぱり声に出てしまったのかと、夕鈴は急に恥ずかしくなってきた。
「僕の夢を見てくれるのは嬉しいけど、次は起きている時に呼んで欲しいな」
指先に口付けしながら言う黎翔の台詞に、夕鈴の顔がカッと赤くなった。
「ご、ごめんなさい。寝言で呼んだなんて……」
「で、どんな夢だったの?」
「それは……」
夢の内容を思い出した夕鈴の胸が、またツキンと痛んだ。
「……黎翔さんが可愛らしい女性と一緒にいて……」
「――それで?」
「それが私達の為なんだろうけど……何だかもやもやして……」
「――何故それが僕達の為?」
夕鈴は自分を見つめる黎翔の紅い瞳が、一層色を深めた気がした。
「だって、私達は住む世界も違うし……結婚相手は同族から選んだ方が……」
「そう言う様にと李順に言われたか」
感情を抑えた様な低い声に、夕鈴は息を飲んだ。
「――夕鈴は私を嫌ってはいないと言った。あれは嘘か?」
「う、嘘なんか」
「では何故、他の女性と結婚する事が私の為だと言う?」
黎翔の強い眼差しから逃れる様に、夕鈴は顔を背けた。
「夕鈴、君が本当に私を拒むなら、ただ一言『嫌いだ』と言えば良い。そうすれば私はもう二度と君の前には現れない」
「え?だって……」
「君を花嫁にしたいと思うのは私の我が儘だ。君が人間らしく生きたいと願うなら――私はその願いを聞き入れるべきだろう」
夕鈴はそっと黎翔の顔を見た。
それは今まで夕鈴が見た事のない、何かを諦めた様な儚げな笑みだった。
「何故、私の願いを?」
「――愛しているから。愛しい者の願いならどんな事でも叶えてやりたい」
黎翔はもう一度、今度は夕鈴の手の甲に口付けを落とした。
「さようなら、夕鈴」
「ま、待って!違うの!」
背を向けた黎翔の手を、夕鈴はしっかりと掴んだ。
「確かに、同族との結婚を薦める様にと李順さんから言われました。でも、夢で黎翔さんが他の女性といて、それがすごく……」
夕鈴の目から涙がぽろぽろと零れる。
黎翔はゆっくり振り返ると夕鈴の前に跪き、両手で夕鈴の頬を包んだ。
「それがすごく……?」
「すごく、イヤで……でも何でか自分でも分からないの」
黎翔は夕鈴の顔に自分の顔を寄せると、チュッと音をたてて涙を吸った。
「――分からない?」
「分からないけど、胸が痛むし、もやもやするの」
「――僕と一緒にいたい?」
先程とは反対側の涙も吸われ、夕鈴は沸騰しそうな頭で考えた。
「そう、なのかも」
「かも、かぁ」
クスクス笑いながら黎翔は、夕鈴の鼻の頭にも口付けた。
「夕鈴、覚えておいて。僕は他の誰かを娶る気は無いんだ。君だからこそ花嫁にしたいと思ったんだよ」
「……即位する為じゃなく?」
「それも李順から聞いたのか……即位なんて、他の王族に任せたって良いんだ」
黎翔は夕鈴をぎゅっと抱き締めると、その細い首筋に口付ける。
「で、でも、王様になりたくないの?」
「王という地位よりも君の方が魅力的だな」
「――それでは困ります」
「李順……不粋な真似を」
いつの間にか自分の背後に立っていた李順に目を向ける事も無く答えた黎翔は、夕鈴の耳に口付けてからその身を離した。



SNS初出2015年1月4日

吸血鬼9

家の前まで夕鈴を送り届けた黎翔は、玄関のドアを開けようとする夕鈴に思い出した様に言った。
「夕鈴、忘れ物だよ」
え?と振り返った夕鈴の頬に、チュッと唇をつけた黎翔が
「おやすみ。良い夢を」
と腰をかがめ礼を執ると、その姿は闇に溶ける様に同化し見えなくなった。
「な、な……このセクハラ吸血鬼っ!!」
夕鈴はわなわなと震え頬を紅潮させながら、黎翔が消えた空間に向かって叫んだ。


「お帰り姉さん」
笑顔の青慎に出迎えられ、夕鈴は先ほどの黎翔への怒りもいくぶん和らいだ。
「ただいま。父さんは?」
「さっき酔って帰って来て、お風呂にも入らないでもう寝ちゃったみたい」
「そう――じゃ私もお風呂入って早く寝ちゃおうかな。今日は何だか疲れたし」
姉さんは働きすぎだよ、と苦笑する青慎にお休みの挨拶をしてから、夕鈴は自分の部屋へ向かった。

そしてドアを開け灯りをつけて凍り付いた。

部屋の中に、李順の姿があったからだ。

叫びそうになる自分の口元を掌で覆った夕鈴は、ドアを後ろ手で閉めると抑えた声で尋ねた。
「何で……ここにいるんですか?」
「少しお話がしたかったので」
冷静な態度でそう言われ、夕鈴は溜息を吐きながら自分のベッドに腰を降ろした。
「お話って、何ですか?」
「『花嫁』の件ですが――」
「それならお断りしました」
「――黎翔様は諦めておりませんよ」
自分の部屋にいるはずなのに、妙な居心地の悪さを感じて、夕鈴はかすかに身動ぎした。
「確かに、何十年でも待つと言われました――でも、私は花嫁になる気は無いんです」
「でしたら、拒絶なさってください」
「え?」
思わぬ李順の言葉に、夕鈴は顔を上げた。
「強く、拒絶なさってください。もう二度と会いたくないと。吸血鬼など、いっそこの世から消えてしまえと」
「――な、何でそこまで」
驚きから目を見開いている夕鈴に、李順は眼鏡を指で押し上げると話を続けた。
「我々吸血鬼は、人の念が苦手です。心の底から拒絶されれば、その人間に近付く事すら出来ません」
「心の底、から……?」
「そうです。そうして黎翔様に、結婚相手は同族から選ぶ様にと仰ってください」
その一言は、夕鈴に思いもよらぬ衝撃を与えた。
「同族って、あ、そうか……女性も、いるんですね……」
「勿論です。王族の黎翔様と釣り合う身分のご令嬢との縁談も、持ち上がっておりました」
「王族!?」
「――ご存知なかったのですか?」
夕鈴は茫然自失の体で、ただ力なく頷いただけだった。
「黎翔様のあの赤い瞳は、王族だけの持ち物です。そして黎翔様の即位が目前に迫っておりますが、未だに妃の一人もおりません」
「未だに?一人もって……」
夕鈴の疑問点を理解した李順は、生徒に教える教師の様な口調で答える。
「王族はその貴重な血統を維持し遺す為、一夫多妻制です。我々、特に王族の出生率は人間のそれよりはるかに低いですから。そして即位する為には、花嫁を迎えている事が必須条件なのです」
「独身では……駄目なんですか?」
「先ほど説明した通り、王族の血統は貴重なのですよ。出来れば既に子供がいるぐらいの方が、王として即位する時に歓迎されます」
夕鈴は自分の知らない世界の話を、まるで夢物語のようだと思いながら聞いていた。
「――同族同士の結婚でしたら、蘇りという不確かなものに賭ける必要もありません。けれど黎翔様は人間である貴女を、花嫁にすると仰いました」
夕鈴の細い肩がビクッと震えた。
その小さな動きから、夕鈴の心を見透かしたかの様に、李順は軽く眉根を寄せると夕鈴に穏やかに懇願した。
「花嫁になる気が無いのでしたら、どうぞ早いうちに黎翔様を拒絶なさってください」
それが、お二人の為ですと言う声を夕鈴の耳に残し、李順の姿は消えていった。


「――拒絶する?二人の為……」
夕鈴は今まで誰かを、心の底から憎んだり嫌ったりした事などない。
どちらかと言えば生来、お人好しと呼ばれる部類だ。
そんな夕鈴にとって黎翔は困る存在ではあっても、李順の言う通りに心の底から拒絶する事など出来そうになかった。
「確かに相手はセクハラ吸血鬼だけど……」
そう呟いた時、頬に黎翔から受けた口付けの感触が蘇った夕鈴は、かあっと自分の頬が火照るのを感じた。
「と、取り敢えずお風呂入ろっと」
その後で、今夜起きた出来事についてゆっくり考えようと夕鈴は思った。



SNS初出2014年5月10日

吸血鬼8

夕鈴が目覚めた時、最初に目に入ったのは見慣れた天井だった。
「――あれ?私いつの間に?」
目覚まし時計を見ると、いつも起きている時間までまだ間がある。
何となく違和感を感じた夕鈴が自分の体を見ると、パジャマではなく制服を着たままだった。
「え?何で!?」
頭を抱えた夕鈴の脳裏に浮かんだのは、昨夜の出来事。
「あの後……私寝ちゃったの?」
ふらりとベッドから起き上がった夕鈴は、取り敢えず頭をはっきりさせようとシャワーを浴びる事にした。

髪を洗いながら、昨夜の李順の言葉が不意に浮かぶ。
――蘇るのは半数ほど……
そもそも自分は吸血鬼の花嫁になりたいなんて望んでいない。
望んでもいない事に命を賭けるなんて、まっぴらだと夕鈴は思った。

部屋へ戻った夕鈴は、シワになってしまった制服にアイロンをかけつつ、自分は一体どうやって帰って来たのかと考えた。
だが昨夜は黎翔達と会話した後の記憶が全く無い。
操り人形、と李順が言った言葉を思い出し背筋が寒くなった夕鈴は、おもむろに鏡の前に立ち自分の首筋を見た。
「血を吸われた跡は無いわね……良かった」
夕鈴はホッとすると同時に、黎翔に会ってから振り回されている自分の今の状況に、段々と腹が立ってきた。
「今度会ったら、私は花嫁になりませんってハッキリ言わなくちゃ……だからと言って他に犠牲者が出るのも嫌だけど……」
相反する二つの考えに夕鈴は頭を悩ませながら、朝食の支度をする為に部屋を出た。

「姉さん、昨夜は遅かったみたいだね。姉さんが帰って来たの僕全然気付かなかったよ」
「夕鈴、あまり大変な様ならバイトを変えたらどうだ?」
朝食を三人で摂りながら、父親と弟から心配そうに言われ夕鈴は苦笑した。
「昨日はたまたまで……これからはそんなに遅くならない様にするから」
「本当に帰り道、気を付けてね」
なおも心配そうに言う青慎を安心させる様に、夕鈴は頷き微笑んだ。
「うん、分かった。ありがとう」



今日黎翔達に会ったらどう言って断わろうか、と夕鈴が頭の中で色々シミュレーションしているうちに、瞬く間に時は過ぎ放課後になった。
「夕鈴、たまには付き合いなよ」
「ごめん、また今度バイトが休みの日にね」
遊びに誘う明玉に謝りながら、夕鈴はバイトへと急いだ。


「いらっしゃいま……せ」
バイト終了時間も近くなった頃、店内の掃除をしていた夕鈴は来店した客を見て絶句した。
「こんばんは。あと少しで終わり?」
「なっ、何で吸血鬼がコンビニに来てるんですか!?」
「おかしいかな?服装も人間らしく合わせたつもりだけど」
確かにいつものマント姿ではなく、黒いコートを羽織った黎翔は夕鈴に穏やかな笑みを向けた。
「今夜も送るよ」
「遠慮いたしますっ」
小声でやりとりしている二人を見て、レジにいる店長が夕鈴に呼び掛けた。
「夕鈴ちゃん、彼氏がわざわざ迎えに来てくれたなら、もう上がってもいいよ」
「彼氏じゃないです!!」
頬を真っ赤に染め反論する夕鈴に、店長は笑って言った。
「今日は忙しくないし、あと数分だから。タイムカードは後で僕が押しておくからね」
そう言われた夕鈴は今朝の父親と弟の心配そうな様子を思い出し、店長の申し出を有り難く受け入れる事にした。
「すいません、それじゃ上がらせてもらいます……でも本当に彼氏じゃないですからね?」
念を押す夕鈴に、店長は分かった分かったと言いながら、相変わらずニコニコしていた。


夜道を歩きながら、夕鈴は黎翔に疑問を投げ掛けた。
「今まで、何人を犠牲にしたんですか?」
「犠牲?」
「『花嫁』にするって、どれだけの人に言ったんですか?」
黎翔はわずかに驚いた様に目を瞠ると、夕鈴の髪を一房すくい口付けた。
「一人だけだ。私が花嫁にしたいと望んだのは夕鈴、君しかいない」
「何故、私なんですか?」
「恋に落ちるのに、理由が必要だとでも?」
「こっ……!?」
夕鈴は真っ赤になった顔を黎翔に見られない様に、早足で歩き始める。
だが足の長さの差か、黎翔は易々と息切れ一つする事もなく夕鈴と並んで歩いている。
やがて、ぴたりと足を止めた夕鈴は息を弾ませながらも、黎翔にはっきりした口調で尋ねた。
「半数が蘇らない、つまり確率は半々なのに、どうして私なら大丈夫って言ったんですか?」
「――蘇った花嫁達には、一つ共通点があった」
教え諭す様に、静かにそう言う黎翔の顔には表情がなく、夕鈴は眉をひそめた。
「共通点?それは何ですか?」
「言えない。それを教えられた者で蘇った者はいない」
「な……何故?」
黎翔は夕鈴の頬をそっと親指の腹で撫でた。
「恐らく――これは推測だが、事前に教えられた事で心に打算が生じるから。純粋な、ある思いを抱いていた者だけが蘇り花嫁となった」
「私には……無理です」
「夕鈴?」
「第一私は!吸血鬼の花嫁になりたいなんて望んでいませんっ」
声を荒げる夕鈴を落ち着かせる様に、黎翔は夕鈴を抱き締めその肩に顔を埋めた。
「それでもいい。花嫁でなくても――今はただ、久しぶりに会えた夕鈴と共にいたいだけだ」
黎翔は夕鈴の背に回した腕に力を入れると、夕鈴の耳元で囁いた。
「それに、私は夕鈴の気が変わるまで何十年でも待てる」
「なっ!?」
夕鈴が驚き疑問の声を上げると、黎翔は夕鈴の耳たぶを軽く食んだ。
「さぁ帰ろう。あまり遅いと、また家族に心配されてしまうだろう?」
「な、何で知ってるんですか!?」
反射的に片手で耳を覆い、黎翔の腕の中から身をよじって逃れた夕鈴はそう叫んだ。
だが黎翔は穏やかに微笑み、当然といった口調で答えた。
「愛しい人の事は何でも知りたくてね」



SNS初出2014年5月8日

吸血鬼7

「――お取り込み中に申し訳ありませんが黎翔様、場所を変えましょう」
「そうだな。ここでは人の目に付く」
いくら夜中の人通りが少ない道とはいえ、人が全く通らない訳ではない。
そして人はそんな状況で出会った人間の事は、意外と覚えているものだ。
ましてやそれが黒いマントをまとった男二人なら、怪しさも手伝って余計に脳裏に残る。
「通報でもされると面倒だ」
黎翔は夕鈴を抱き上げると李順に目で合図を送り、近くのビルの屋上へと跳んだ。

「――黎翔様『花嫁』についての説明はされましたか?」
「……いや」
夕鈴を降ろしながら、どこか歯切れの悪い返事をする黎翔に李順は深い溜息を一つ吐くと、冷ややかに言った。
「命に関わる事ですよ?本人に知らせずにどうするおつもりですか?」
「……え?命って、何の話ですか?」
夕鈴がわずかに眉を寄せ黎翔を見上げる。
黎翔は夕鈴の細い首筋を指でたどりながら、淡々と話し始めた。
「我々吸血鬼に血を吸われた人間は、血を吸った吸血鬼――『マスター』の思い通りに動くようになる」
「……マスター?思い通りって……」
夕鈴が首を傾げると、李順が付け加える様に説明した。
「つまりは自我を失い、マスターの操り人形になる訳です。マスターが笑えと言えば笑い、泣けと言えば泣く。死ねと言えば――分かりますね?」
「……そんな」
青ざめた顔で自分から一歩遠ざかった夕鈴に、黎翔は静かな口調で言葉を継いだ。
「――だが、花嫁は違う」
「どう、違うんですか?」
黎翔は赤い瞳で夕鈴を見つめると、微かに微笑んだ。
「花嫁は自我を失わない。マスターと共に、不老不死の状態で永遠の時を生きる」
「な、何故?」
黎翔は一歩夕鈴に近付くと、夕鈴の長い髪をさらりと撫でた。
「血を吸われた人間は仮死に陥る。その時にマスターが己の血を飲ませた者――その者が花嫁として蘇る」
「――違います」
李順が冷静な声で、話を遮った。
「蘇った者が花嫁となるのです。黎翔様、誤魔化さないでください。実際に蘇るのは半数ほどなのはご存知でしょう?」
「半数って……蘇らなかった人達は?」
「――そのまま朽ちて行くだけです」
一層青ざめた顔で言葉を失った夕鈴を、黎翔はそっと抱き締めた。
「大丈夫。君ならきっと――」
「……や、嫌、です」
夕鈴は黎翔の胸を手で押し退けると、涙をたたえた、それでいて強い瞳で黎翔を真っ直ぐに見た。
「何故大丈夫って言えるんですか?それに、今まで何人の人を犠牲にしてきたんですか!?」
「――いや、私は」
「とにかく、私は『花嫁』になるなんて言ってませんからっ!!」
拳を握り締め、きっぱりと言い切る夕鈴に李順は溜息を吐いた。
「黎翔様、この様子では無理ではありませんか?」
「今は、な」
黎翔が夕鈴の目を覆う様に手をかざすと、夕鈴の体から力が抜け、倒れる寸前に黎翔は夕鈴を抱きかかえた。
「あまり興奮すると体に悪い」
「黎翔様、もうあまり時間も無い事を忘れていませんか?」
黎翔は李順の問いに口の端だけで笑んだ。
「永遠の時を生きる身なのに忙しない事だな」
「――何事にもけじめは必要ですから」
「そうか……今宵は一先ず花嫁を家まで送り届けるとしよう」
まだ花嫁ではありませんよ、という李順の言葉を聞き流し、黎翔は夕鈴を抱いたまま走り始めた。

二つの影が音もなく屋根の上を移動して行く。
黎翔は自分の腕の中で気絶した様に眠る夕鈴の顔を愛おしげに見つめると、腕に力を込めて夕鈴をぎゅっと抱き締め直した。
「必ず花嫁にしてみせるよ」
夕鈴の耳に、そう呟きを落としながら。



SNS初出2014年5月4日
プロフィール

*へもへも*

Author:*へもへも*
『狼陛下の花嫁』の二次創作小説がメインです。

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